バディファイト外伝 「自由 な大電神 イザナミ」
「ひまじゃ」
その一言から全ては始まった。
カタナワールドの電脳世界。その深部に位置する神の宮に、暇を持て余した神イザナミと、その息子のスサノオがいた。
「おいスサノオ、なにか面白いことはないかの」
「いや母様、わいにそがんこと訊かれても」
「じゃあ誰に訊けというのじゃ」
「……姉ちゃんとか?」
「そのアマテラスがいないではないか」
「そりゃあ、今は地球に住んどーから」
「なに? 地球?」
「知らんのか? 地球で人間とバディを組んでるんじゃ」
「アマテラスめ、最近見ないと思ったら、一人でそんな楽しそうなことをしておったのか……」
「母様?」
イザナミはその瞳を輝かせて、心底楽しそうに言う。
「よし決めた! 地球とやらでアマテラスがちゃんとやれているかどうか、このイザナミ様が直々に確かめるとしようではないか!!」
◇ ◇ ◇
「お母様がくる!?」
超東驚の一角にある喫茶店、《喫茶みこの》。
その店内で、アマテラスが突然大声を上げた。
「どうしたの?」
心配して駆け寄ってきたのは、アマテラスのバディであり、喫茶店の一人娘《神子野ミコ》である。
「いえいえ、そんな大したことではないのですが……いや、大変なことではあるのですけど……弟から連絡があって……」
うまく説明しあぐねるアマテラスだったが、時すでに遅し。アマテラスの声を遮るように、喫茶みこのの扉が勢いよく開かれる。
「わしが!! 来たぞ!!!!!!」
入ってきたのは、小柄な少女。
「あら、いらっしゃい」
ミコは笑顔で接客するが、
「お母様!??」
アマテラスは悲鳴を上げた。
「え!? お母さん!?」
ミコは自分よりも背の高いアマテラスと、たった今入ってきた自分と同じぐらいの背の少女を交互に見る。
「うむ。わしがアマテラスの母、イザナミじゃ」
少女、イザナミはこれでもかというぐらい胸を張って、自信満々にそう言った。
「アマテラス、ほんと?」
「……はい、残念ながら」
「残念とはなんじゃ! せっかく異界の地で一人寂しく暮らす娘を心配して来てやったというのに!」
声を荒げるイザナミに、アマテラスは小走りで近づいた。アマテラスは引きつった笑顔を張り付けて、早口でイザナミを追い返そうとする。
「そういうことでしたら、私にはミコちゃんというとっても清楚でお行儀良くてかわいらしい最高のバディがいるので、何も心配することはありません。お母様は安心して故郷にお帰りになって大丈夫ですよ。はい、お帰りはあちらになります」
「お主がミコか」
「え? あ、はい!」
「お母様!?」
いつの間にかアマテラスの前からいなくなっていたイザナミは、ミコを値踏みするように見回していた。
「うーむ。なるほどなるほど。して、ミコよ」
途端、イザナミの表情が真剣そのものになる。
「な、なんですか?」
「わしはアマテラスの母親として、確かめねばならぬことがあるんじゃ。そこで、ミコに協力してほしいことがあるんじゃが……協力してくれるかの?」
「それはもちろん!」
「そうかそうか。では、失礼するぞ」
「え?」
イザナミは一瞬で光になると、ミコの身体に入り込んだ。イザナミやアマテラスの一族《電神》が得意とする、憑依である。憑依が成功すると、他人の身体を自分の物のように動かすことができる。
「よし」
ミコの身体に憑依したイザナミは、両手を軽く動かすと、満足げに頷いた。
「お母様! どういうつもりですか!!」
「なに、ちょっとこの店の労働環境を母自ら確かめようと思っての。ほれ、一日店長というやつじゃ!」
「はぁ!? 言いたいことはいろいろありますが、とりあえずミコちゃんの身体を使う必要はないですよね!」
「いや、こっちの方が面白かろう?」
「面白くありません!!」
言い争っているのもつかの間、喫茶みこのの扉が開いた。今度は異界の来訪者ではなく、店の客だった。
「お、いらっしゃいませじゃ!」
イザナミは嬉々として飛び出すと、入ってきた客に迫る。
「よく来たのう! わしが店長を務める日に来るとは、おぬしも幸運じゃのう。ほれほれ、遠慮せず座るがよいぞ!」
「え、ミ、ミコ?」
客は戸惑ったようにそう言った。
「お? おぬしミコの知り合いかの?」
「え、そうだけど」
「あの、友牙さん、これには深い事情がありまして……」
イザナミの後ろから申し訳なさそうに現れたアマテラスが、困惑している客、未門友牙に事情説明をした。
「な、なるほど。アマテラスのお母さんね」
「うむ。ミコとアマテラスの知り合いならば、わしもとっておきのメニューを出さねばなるまい」
「いや、俺はいつものピザを食べに来たんだけど」
「我が店の超極秘メニュー、その名も《イザナミMAXEND》じゃ!!」
「いや、ピザを」
「待っておれ、すぐに作るからの!」
「ピザ……」
「そうと決まれば、早速厨房を借りるぞ!」
「待ってくださいお母様!」
イザナミとアマテラスは店の厨房へと姿を消した。
残された友牙は、時折奥から響く悲鳴や怒号、「ほれ、ミヅハノメのやつから奪っ……もらってきた聖水じゃ」「お母様それは食材ではありません!」「火力がたらんのう。火御鏡でも使うか」「お母様、神器で料理しないでください!」などなどの声を聞きながら、顔を青ざめさせる他なかった。
それから数分後。
「ほれ、お待ちどう様じゃ!」
「あ、ありがとう」
友牙の前に現れたのは、真っ赤に煮えたぎる鍋だった。しかも、どういうわけか、中に入っている食材が明らかに“自立”して動いている。
「あの、なんか動いてるんですけど」
「うむ。ミヅハノメの聖水は死者をも活かすからのう」
誇らしげに両腕を腰にあてるイザナミ。
「さぁ! 遠慮せず食べるがよいぞ! さぁさぁさぁ!!!」
友牙は意を決し、鍋にスプーンを入れた。どろっとしたスープをすくい上げ、一気に口の中へと運ぶ。
「――ッ!?!???」
友牙は思わず、スプーンをテーブルの上に落とす。
そして、一言。
「……う、うまい」
友牙はすぐに落ちたスプーンを手に取り、一口、また一口と食べ続けた。
「ほれ、大成功じゃ!」
「そうですか、よかったですね……」
満足げに頷くイザナミに対し、アマテラスは疲れ切った表情で相槌を打つ。
「ではではお母様、もうそろそろお帰りに――」
アマテラスが、イザナミから解放されたい一心でそう言いかけた途端、再び店の扉が開き、次の客が来店した。
「お! いらっしゃいませじゃ!」
アマテラスの苦難は、一日中続いた。
◇ ◇ ◇
数週間後。
「ぽかぽか、今日もいいお天気ですね~」
イザナミがカタナワールドへと帰り、平穏な日々を取り戻した喫茶みこので、アマテラスは今日も開店準備をしていた。
窓の外の青空を眺めていると、何気なくつけていたTVから、朝の報道番組が流れてくる。
『――さて本日の特集コーナーは、超東驚で今話題のこのお店、《喫茶オノゴロ》へとやって来ました! なんでも数日前に開店した途端、ものすごい人気で連日長蛇の列をなしているとか! では、早速入ってみましょう!』
「ん?」
聞き流していたTVから覚えのある単語が聞こえ、アマテラスは窓からTVへと視線を移した。
オノゴロ。
オノゴロ島。
それは、アマテラスやイザナミの故郷の名だ。
まさか。いやそんなまさか。アマテラスの頬を嫌な汗が伝う。
『――では、店長さんに話を伺いたいと思います! 店長、ずばり、人気の秘訣は何でしょうか?』
『うむ! それはやはり、我が一族に伝わる神器を用いた、この世でわしだけが作れる料理であろうな!!!』
画面の向こうに出てきたのは、見間違うはずもなく、アマテラスの母、イザナミだった。つい数週間前にカタナワールドへと帰ったはずのイザナミが、どういうわけか、地球で店を出しているらしい。
アマテラスが混乱していると、店の奥からミコが出てくる。
「ああ! アマテラスのお母さんじゃない!」
「やっぱりそう見えます?」
「え? うん」
「そうですよね……」
「また来てくれるかな!」
「ミコちゃん! そんな恐ろしいこと言わないでください!」
「そう? わたしはまた会いたいけどな~。今度は一緒にファイトもしたいし!」
「いえいえ、ファイトなら私が――」
ミコとアマテラスが話していると、まだ開店していないはずの店の扉が勢いよく開く。
「わしが!! 来たぞ!!!!!!」
アマテラスの苦難は、今後も続くようだった。
終
<文:校條春>