バディファイト外伝 「雨傘 あまがさ メイル」

バディファイト外伝 「雨傘メイル」

 

 この世界は、退屈だ。

 ボク、《雨傘 あまがさ メイル》がそう思うようになったのは、ちょうど中学に上がったころからだった。学校での勉強や、遊びや、部活動などに対して、驚きも興奮もしなくなった。
 小学生のころは、目につくものすべてが興味の対象で、新しいものを見つけては、とにかく極めるまでやり込んだ。その結果、テストの点はいつも学年トップだったし、手を付けたあらゆるもので賞を取って、周りからは神童なんてもてはやされたりもした。
 だけど、それは決していいことではなかった。
 少なくともボクにとっては。
 物事というのは不思議なことに、極めてしまうと、実際にそれをやらずとも結果がわかるようになってしまう。そして、結果がわかりきったこと以上に、つまらないものはない。
 結果がわかっている数学なんてつまらない。
 結果がわかっている将棋なんてつまらない。
 結果がわかっている映画なんてつまらない。
 結果がわかっているバディファイトなんて、つまらない。
 そうやってひとつひとつ、ボクの世界から『面白さ』が消えていき、気づいたら、周りにあるものすべてに興味を失っていた。
 それからボクは不登校になり、外の世界に出ることをやめた。
 この世界は退屈で、窮屈で、灰色。
 それが中学に上がってからの2年間で、ボクが出した答えだ。

 だけど、そんなボクにもひとつだけ楽しみがあった。

 それは、雨の降る夜。
 雨の夜は、周囲の音も視界も曖昧になり、まるでこの世界自体が変わったかのような感覚になる。退屈な世界が音を立てて崩れ去るような、ボクの常識が覆されるような不安感が、たまらなく好きだ。
 だから今日みたいな土砂降りの夜は、ボクは決まって近くの公園に出て、傘の下でこうして思いを巡らすのだった。
「……さむ」
 少し長居し過ぎただろうか。
 さすがに肌寒さを感じてきた。
 もう少しこの雨の中で現実逃避していたいところだったが、さすがに苦痛を味わってまでは願い下げだ。風邪も引きたくない。
 さて、そろそろ帰るか。
 ボクはそんなことを考えながら、どこまでも真っ暗な夜空を見つめていた。

◇     ◇     ◇

 警報が鳴り響く。
 バディポリスの機器が、異世界からの不法な干渉を検知したのだ。
 職員達は事態の解析と伝達で慌ただしく動き回っている。

「ダークネスドラゴンワールドからの干渉を確認!」
「ゲート、強制的に開きます!」
「場所は超東驚上空、超渋谷付近!」
「ゲートより、侵入するモンスター反応確認!」
「その数……1体です!」

 そのモンスターの侵入より間もなくして、ダークネスドラゴンワールドとのゲートは閉じた。バディポリス本部では直ちにモンスターの行方を追うため、追跡部隊が編成された。
 その陣頭指揮を任されたのが彼、《如月斬夜》と、バディの《月影》だった。
「僕は部隊のみんなと情報を共有したのち、指揮をとる。月影、先に超渋谷に出て、少しでも情報を集めて欲しい。頼めるか」
「忍!」
 月影は頷くと、一瞬で姿を消した。
 それと入れ替わるように、隊員が斬夜の元に駆けてくる。
「如月さん、こちら、本部からの最新資料です」
「助かる。ほう……《根絶悪魔竜ベリアル》か」
「悪魔竜の中でも、相当力のあるモンスターだそうです」
「……わかった。報告ありがとう」
 斬夜は集まった隊員達に指示を出すと、自らもバディポリス専用車へと乗った。これからモンスター捜索へと動き出そうという中、斬夜はふと、古くからの友人のことを思い出していた。
「……悪魔、か」
「はい?」
「いや、なんでもない。出るぞ」
「了解」
 斬夜達が車庫から出ると、外は土砂降りの雨だった。

◇     ◇     ◇

 この世界は、サイッコーに愉快だ。

 このオレ様、《ベリアル》にとって、ダークネスドラゴンワールドは狭すぎた。
 いや、狭すぎたんじゃないな。
 オレ様の欲望がデカすぎただけだ。
 とにかく、もっと広い世界のあらゆる欲望ってやつを、オレ様は見たい、知りたい、貪りたい。この世界は、まだまだ想像もしないような、愉快なことで溢れかえっているんだからな。ってなわけで、オレ様はオレ様の欲望を叶える旅に出たのさ。
 他の連中からいろいろ話を聞いた結果、どうやら数十年前につながっちまった世界、〝地球〟ってとこがそれは愉快な世界らしい。
 なんでも、他の世界ともつながっていて、〝バディファイト〟っつーカードゲームで異世界同士を戦わせているとか。
 なんて愉快なことだ!
 なんて傲慢なことだ!
 なんて残酷なことだ!
 なんてサイッコーにイカシタ遊びだ!
 異世界同士を争わせ、相手を負かし、勝利に酔う。なんて贅沢な娯楽だ! 考えただけで興奮する! そんなの体験せずにいられるかよ!
 そのテンションのまま、勢いで地球とのゲートを開き、無理やりやってきたのだが……

「やっぱ追われるよな、そりゃ」

 オレ様が地球に乗り込んですぐ、追手は現れた。どうやらこの世界における自治組織のようだ。まぁ捕まったら間違いなく投獄されるか、ダークネスに逆戻りだろう。
 そんな結末は、ちっとも面白くねぇ。
 だからオレ様は逃げたのさ。
 影から影へ、闇から闇へ。悪魔竜にとって、闇の中は庭みたいなもんだ。しかも運よく、空は雲に覆われ、大雨が降っている。
 だが、それも時間の問題。
 いずれ夜は明け、雨は止む。
「それまでにどうにかしねぇとな……」
 考えを巡らせていると、ある話を思い出した。
 この地球に滞在しているモンスターたちの話だ。それは、バディファイトの相棒として、この世界の人間と契約を交わしたモンスター。元より、オレ様はバディファイトをするためにここに来た。
 ならば、だ。
 オレ様は、その相棒っつーやつを探せばいいんじゃないか?
「オレ様天っ才!」
 考えに至った瞬間、思わず声が出た。
 と、ちょうどその時。
 少し開けた場所に出た。多分、公園っつーとこだ。その公園に、1人で立ち尽くす人間のガキがいた。
 その人間は、陰鬱そうな顔をして、しかし、この大雨をさも宝物を見るような目で眺める、不思議なヤツだった。瞳に映る欲望ってやつを数えきれないほど見てきたオレ様だが、こいつのような目は、初めて見た。
「――こいつにするか」
 大きく舌なめずりをすると、自らの欲望に胸躍らせながら、その人間へと近づいた。

◇     ◇     ◇

 そろそろ帰るか。
 ボクは、寒さからくる身体の訴えに負け、公園を背にした。

 ボクが公園の出口に差し掛かった瞬間、突然それは起こった。

 周囲の音が消え、辺りが闇に覆われたのだ。それは、陽が落ちた暗さなどという生易しいものではなく、完全な闇。光ひとつなく、今自分が立っているのかさえあやふやになるほどの、完全な暗闇だった。
 ボクが状況を把握できずにいると、闇の中から声が響く。

「悪魔と契約したくはないか、人間」

 人心を惑わすような甘い声に、自分の全身が強張るのを感じた。
「あんた、誰?」
「オレ様か? オレ様はどんな欲望も叶える偉大な悪魔竜よ。それより人間、バディファイトは知ってるな?」
 そのひと言で、ボクはだいたいの事情を察した。
「……ああわかった。許可も取らずに地球にやって来たらバディポリスに追われて、慌ててバディを探してたら、ちょうどいいところにボクがいた、とかでしょ」
「うげ」
「図星か」
「変に頭の回る人間だなぁ」
 図星を突かれたことでバツが悪くなったのか、声の調子があからさまに変わった。
 ボクはさらに主導権を握るべく、畳みかける。
「……ボクには雨傘メイルって名前があるんだけど」
「そいつは悪かったな、メイル。まぁでも、おかげで話が早いぜ。オレ様の名はベリアル。ダークネスドラゴンワールドからきた、悪魔竜だ。オレ様と契約して――」
「いやだ」
「はえーよ! まだオレ様が喋ってんだろうが!」
「結果は決まっているのに、これ以上話すのは無意味でしょ」
「結果が決まってるだぁ?」
「バディファイトは5年前に知り尽くした。と言うか、ボクはボクの世界にある、あらゆるものを知り尽くしちゃったんだ。もう何にも興味ないし、やる気もない。だからベリアル、あんたと契約するつもりはない」
 そう告げると、ベリアルはしばらく黙り込んだ。
 ボクがあまりに期待外れな人間で、言葉を失っているのだろう。
 まぁいい。このままボクに興味を失ってもらえればそれで――

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハッ! チいせぇ! メイル、お前の〝世界〟はあまりにもチいせぇぜ!」

 ベリアルは、大声で笑った。
 心の底から楽しそうに、笑った。
「メイル、お前が生きてきたのはせいぜい十数年。しかも、こんなチっぽけな町ひとつの中でだろ? そんなの世界にとっちゃあ、米粒以下よ! なにしろ世界ってもんは、無限だ! 今こうしてる間にも、想像もできないようなことが起こり続けてんだ! お前は自分の見える範囲だけを知った程度で満足してる、大バカ者だよ! キヒヒヒヒヒヒ」
 ベリアルがあまりに笑うので、ボクは少しムっとした。
「……ベリアルの世界とボクの世界は違う」
 ボクが否定すると、ベリアルは突然笑うのを止めた。
「ああ、わかったぜ」
 ようやく諦めてくれたか、とボクが胸をなでおろしかけた時、

「お前のそのチいせぇ世界は、オレ様が変えてやるよ」

 ベリアルは自信ありげに、そう言った。
 ボクは一瞬、理解できなかった。
 世界を変える?
 誰の?
 ボクの?
 そんなことあるわけないのに。
 なぜだろう。次の言葉が出てこない。
 どうしよう。否定しなくちゃ――

「バディポリスだ! ベリアル、おとなしくしろ!」
 
 ボクの思考を遮るように、暗闇が晴れ、周囲の音が戻ってきた。

◇     ◇     ◇

 斬夜の率いるバディポリス部隊が、闇夜に浮かぶ悪魔竜を取り囲んだ。
 漆黒の羽根、黄金の角、長い尻尾。そしてなにより、不釣り合いに肥大化した右腕が、その悪魔竜がベリアルである証拠だ。
 ベリアルは、少年の頭上に浮遊していた。
「ちっ、いいところだったのによぉ」
「許可なく地球へのゲートを開き、侵入することは違法行為だ。そこの少年を解放し、おとなしくするなら、こちらも手荒な真似はしない」
「もし、オレ様が抵抗するとしたら?」
「こちらも力で取り押さえるまでだ」
 にらみ合うベリアルと斬夜。
 張り詰めた緊張感が周囲を覆う。
 と、そこに、黙って様子を窺っていた少年、雨傘メイルが突然割って入った。

「待って。ベリアルは、ボクのバディだ」

 この言葉に、斬夜はもちろん、ベリアル自身でさえ驚いてメイルを見返す。
「……本気で言っているのか、君」
「ボクの名前は、雨傘メイル」
「では、メイル君。そこのモンスターベリアルは、違法に地球へとやってきた犯罪モンスターなんだぞ」
「バディ登録をすれば、モンスターは地球にいられるはず」
「それでも、許可なくこの世界へのゲートを開けたことには変わりない」
「だとしても、罰さえ受ければ、その後は地球にいられる」
 メイルは一歩も引かなかった。
 斬夜は考えこむ。
 そして、しばしの沈黙の後、提案する。
「……わかった。じゃあメイル君、僕とバディファイトをしよう」
「え?」
 これにはメイルも予想外という表情をみせた。
 バディポリス隊員も一斉に斬夜を見るが、これは斬夜が手で制す。
「人とモンスターをバディとして認めるのも、我々バディポリスの仕事だ。君の決意を、ファイトでこの僕に示してほしい」
「……わかった」
「はぁ!? メイルお前、いいのかよ」
 声を荒げたのは、置いてけぼりをくらっていたベリアルだ。
「そう言ってるんだけど」
「おいおい、さすがのオレ様も、状況が呑み込めないぜぇ?」
「それより、デッキ」
 メイルがベリアルに手を差し出す。
「あ?」
「あるんでしょ?」
「ああもうわかったよ! 言い出したのはオレ様だ!」
 ベリアルは口を大きく開けると、自身の左手にバディファイトのデッキを吐き出した。
「ほらよ」
「……もうちょっと他の方法なかったの?」
「うるせぇ! ルミナイズしちまえば一緒だろうがよ!」
「……まぁいいや」
 メイルはデッキを受け取ると、斬夜と対面する。
「準備はできたようだね。じゃあ行くよ」
 斬夜はファイトシステムを起動した。さっきまで公園だった場所に、ファイトステージが展開される。Ⅴボードが手元に現れると同時、両者共にルミナイズした。

「魔を統べる悪しきドラゴン。契約の元に力を示せ。ルミナイズ、666の印 デモンズシックス

「月満ちて、悪を裁くは、鬼神なり。ルミナイズ、如月忍法帳・極」

「「バディーファイッ! オープン・ザ・フラッグ!」」
 メイルがフラッグを表にする。
「ダークネスドラゴンワールド!」
 続いて、斬夜がフラッグを表にする。
「カタナワールド!」
 こうして、2人のファイトが始まった。

「僕の先攻! ドロー! チャージ&ドロー! ゲージ2を払い、装備! 《名刀 黄金千鳥》! さらにキャスト、《明鏡止水》。黄金千鳥の効果と合わせて、ゲージ+4だ。さぁ、いくぞ!」
 斬夜は飛び出すと、装備した黄金の日本刀でメイルを斬りつけた。
「……くっ」
 【メイルライフ・10→8】
「僕のターンは終了だ」

「じゃあボクのターン。ドロー。チャージ&ドロー」
「そういやお前、悪魔竜の使い方がわかるのかぁ?」
「渡された時、デッキのカードは全部把握した。動きもわかる」
「げぇ、あの短時間でか!? マジかよ」
「バディファイトは知り尽くしたって言っただろ。そんなことより出番だよ。ゲージ3を払って《根絶悪魔竜ベリアル》をセンターにバディコール」
 【メイルライフ・8→9】
「キヒヒヒッ! オレ様が無念無想を根絶する悪魔竜、ベリアル様だ! 愉快に! 傲慢に! 残酷に! 大暴れしてやるぜぇ!」
 ベリアルは飛び上がると、センターエリアに降り立つ。
「ファイターにアタック」
「まかせろぉ!」
 ベリアルは目にも止まらぬ速さで移動し、不釣り合いに肥大化した右腕で斬夜を薙ぎ払おうとするが、
「ゲージ1を払い、キャスト! 《影縫いの術》! 攻撃を無効化し、ベリアルのスタンドを封じる!」
「ぬうぉ!?」
 突如飛来したクナイにより、ベリアルの体は影ごと地面に縫い付けられた。
「これで君に、攻撃できるカードは残っていない」
「……ターン終了」

「僕のターンだ。ドロー! チャージ&ドロー! 《電子忍者 紫電》をレフトにコールし、能力発動! 2ドローだ! さらにライフ1ずつを払い、《飛迅月白 白夜》をセンターに、《飛迅月白 月影》をライトにバディコール!」
 【斬夜ライフ10→9】
「参上でござるんるん!」
「忍!」
 白の鎧を纏った機械忍者と、黒の鎧を纏った機械忍者が登場した。
「月影の効果で、デッキから《逆天鬼神 剛刃丸》を手札に加える! いくぞ! 鬼神合体!」
 斬夜の声に合わせて月影と白夜が跳躍し、空中で重なると、
「ゲージ2を払って、《逆天鬼神 剛刃丸》をライトにコール!」
 2体は合体し、より巨大な機械忍者へと姿を変えた。
「「忍!」」
「まだまだいくよ。キャスト! ゲージ1を払い、《爆殺奈落送りの術》を設置。デッキから1枚、裏向きでソウルに入れる。魔法を使ったことにより、黄金千鳥は2回攻撃、剛刃丸は3回攻撃を得る!」
 ベリアルは思わずメイルを振り返る。
「おいおいメイル、ヤバいんじゃねぇの!?」
「しにそう」
「軽ぅ! お前、バディファイトは知り尽くしたとか偉そうなこと言っておいて、負けそうじゃねぇか!」
「デッキが悪い。ボクならもっとうまく組む」
「オレ様のせいだとでも言いてぇのか!」
「言いたいんじゃなくて言ってるんだけど」
「後で覚えてろよぉ……」
 ファイトの際中にもかかわらず、言い争う2人。
 そんな2人を見ていた斬夜が、メイルに問いかけた。
「メイル君、君はどうして、ベリアルとバディを組むんだ」
「……賭け、かな」
「賭け?」
「ベリアルはボクの世界を変えると言った。そんなことができるなんて到底信じられないけど、今の退屈な世界が変わる可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみてもいいかなと思った。それだけ」
「……なるほど」
「そんなことより、ファイトの続き」
「そうだった。僕はこれで、アタックフェイズだ」
 斬夜はそっと目を閉じると、

「剛刃丸、逆天!」

 次の瞬間には、鋭い眼光をメイルに向けた。
「僕の場のカード全ては打撃力が+1され、相手のセンターを無視してファイターに攻撃できる! さらに、剛刃丸のソウルに月影がいることで、場の忍者全ては打撃力が+1!」
「なら、ライフ1を払って、キャスト。《ダークネス・ルーン》。剛刃丸のソウルにある月影をドロップに」
【メイルライフ・9→8】
「それで僕の攻撃を防ぎきれるかな。剛刃丸でファイターをアタック!」
「「忍!」」
 剛刃丸はセンターにいるベリアルを高く飛び越え、メイルに肉薄するが、
「キャスト。《悪月の調べ》。その効果でライフ5を払い、このターン中、僕が受けるダメージを5減らす」
 【メイルライフ・8→3】
 魔法が生み出した障壁に阻まれ、剛刃丸の攻撃は届かない。
「やるじゃねぇか!」
 これにはベリアルも機嫌を戻す。
 だが斬夜は、攻撃の手を緩めない。
「強力な魔法だね。でも、僕の黄金千鳥には、1枚での攻撃中ダメージを減らされない能力がある。この攻撃は、どうかな!」
 剛刃丸が斬夜を肩に乗せて大きく飛翔した。そのままベリアルを飛び越え、斬夜はメイルに向かって飛び降りる。
「てやぁっ!」
「キャスト、《ディアボロス・シールド》。攻撃を無効化し、ゲージ+1、1ドロー」
 飛び降りざまに振り下ろした斬撃が、盾で弾かれる。
 だが、斬夜は怯むことなく、もう一度斬り込む構えに入った。
「2回攻撃!」
「ああまずい。ベリアル、またね」
「は?」
「キャスト、《デビル・スティグマ》。ベリアルを破壊して、ゲージ+2、ライフ+1」
 【メイルライフ・3→4】
「ちょ、おま――」
 苦情を言いかけて、ベリアルは破壊された。
 それから一瞬遅れて、斬夜の一撃がメイルを襲う。
「はぁっ!」
「くっ」
 【メイルライフ・4→1】
「……僕のターンは、これで終了だ」

「なんとかなった……ボクのターン。ドロー。チャージ&ドロー」
 メイルがドローを終えると、斬夜は自分の設置魔法を指さした。
「メイル君。《爆殺奈落送りの術》の能力は知っているかな?」
「……知ってる。相手がコールしたモンスターと、あらかじめ入れていたソウルのカードのサイズが同じなら、モンスターを破壊して相手にダメージ2を与えるカード」
「そして、今君のライフは残り1」
「奈落送りのソウルに入っているカードと同じサイズのモンスターをボクがコールしたら、ボクの負け、でしょ」
「その通り。さて、君はどうする?」
 試すような口調の斬夜に対し、メイルははっきりと答える。
「そんなの決まってる」
「ほう。聞いてもいいかな?」
「……あなたは前のターン、剛刃丸の逆天を使った。その効果は『センターを無視してファイターを攻撃できる』というもの。つまりあなたは〝センターにいたベリアルを破壊する気がなかった〟と言っていい。結果的にベリアルは破壊されたけど、それはあなたには想定外だったはず。だから、それより前に設置していた《爆殺奈落送りの術》に、ベリアルと同じサイズ3を入れている可能性は低い。同時に、ベリアルが場に残っていると仮定するなら、サイズ2、サイズ1の可能性も低い。だとしたら、そのソウルに入っているモンスターは、『サイズ0』だ。……それと、もうひとつ」
「もうひとつ?」
「ボクは、そう仮定して攻める以外に、勝ち目が残ってない」
「……いい覚悟だ。なら、試してみるといい」
 メイルは、手札の1枚を手に取り、迷わずに出した。

「ゲージ3を払い、《根絶悪魔竜ベリアル》をセンターにコール!」

「そうこなくっちゃなぁ、相棒!」

 センターエリアが闇に包まれると、その中から湧き出るようにして、ベリアルが姿を現した。
「喜ぶのはまだ早いよベリアル。《爆殺奈落送りの術》が発動するかどうかで、勝敗が決まる」
 メイルと斬夜の間に緊張が走る。
 お互いにじっと相手を見据え、決して目をそらさない。
 ここが勝負の分かれ目だと理解しているからこそ、この一瞬に全神経を集中させている。
 数秒の後、斬夜はそっと、口を開けた。
「――発動はなしだ」
 メイルは自分でも気づかぬうちに、強くこぶしを握っていた。体の内側がほのかに熱くなっていることに気づき、久しくなくしていたその感覚に戸惑う。
 だが、今はこのファイトをやりきろうと、前を向く。
「ベリアル」
「まかせろっての!」
「《根絶悪魔竜ベリアル》は、自分のライフが1の時、貫通を得て、その打撃力は666になる!」
 これには斬夜も目を見開く。
「666だと!?」
「ベリアル、ファイターにアタック!」
「これがオレ様の、全身全霊ダあああああああ!!」
 ベリアルがその巨大な右腕を天に掲げると、手のひらに闇が広がっていく。闇は際限なく巨大化を続け、空を飲み込んでいく。ついには視界を覆うほどの闇の塊が、頭上に完成していた。

「万・象・根・絶!」

 ベリアルが右腕を振り下ろすと、闇の塊がファイトステージに落ちる。周囲の物も音も飲み込んで、ステージは闇に包まれた。
 【斬夜ライフ・9→0】
「……ボクの勝ち」

 ファイトが終了し公園に戻ると、斬夜はメイルに握手を求めた。
「いいファイトだった」
「……どうも」
 メイルはそっと、差し出された手を握り返す。
「実は、僕の友人にも、悪魔とバディを組んでいる人がいてね」
「え」
「その友人は、悪魔と一緒に踊っていたよ」
「悪魔と踊りって、そんなの」
「意味が解らない。と思うだろ? 僕も頭が固かったからね、最初はその友人のことが理解できず、揉めたこともあったけれど、おかげで、僕の世界は広がったよ」
「世界が、広がる……」
「バディの在り方は千差万別、バディの数だけ存在する。君がベリアルとどんな関係を築くのか、楽しみにしているよ」
「……あの、最後にひとつだけ聞きたいことが」
「ん? なんだい?」
「《爆殺奈落送りの術》に入っていたカード、本当はなんだったの」
「……それは、君の想像に任せるよ」
 握手を終えると、斬夜は仕事の顔に戻る。
 隊員達に指示を出し、ベリアルをいったんバディポリス本部に連行するための準備を始めた。ベリアルも渋々といった感じで、斬夜の指示に従っている。
 メイルはその光景を眺めながら、そっと、自分の胸に手を当ててみた。すると微かに、その手に熱が伝わってくるのを感じた。

◇     ◇     ◇

 数ヶ月後。

「ったくよぉ、つまんねーったらなかったぜ」
 ベリアルは不平不満を口にした。
「何回建物ごとぶっ壊してやろうと思ったか」
 刑期を終えて出てきた途端これだ。
 ボクは自室の勉強机に腰掛けながら、ベリアルの話に耳を傾けていた。ベリアルは部屋中の影から影へとぐるぐる移動しながら、あれやこれやとしゃべり続けている。
「……その話興味ないんだけど」
「ったく、相変わらずつれねぇなぁ」
「それより、ベリアルがいない間にこんなのが来た」
 ボクは机から、一通の手紙を取り出した。それは《ワールド・バディ・アカデミア》なる学校への招待状だった。その学校には、世界中から凄腕のバディファイターが集められているらしい。
「こいつはサイッコーじゃねぇか! 参加しない手はないぜ!」
「日本一になったバディファイターもいるって」
「よくわかんねぇが、そいつは強いんだな?」
「そりゃあ、まぁ」
「だったら、まずはそいつを倒すといこうじゃねぇの! お前のチいせぇ世界を変えるためによ!」
 当面の目標もできたことで、ボクとベリアルはとりあえず同じ方向を向いて歩きだすことにした。
 いったいこれから、どんな日々が待っているのか。
 それはボクでも、わからない。

 

 終

 

<文:校條春>

 

《根絶悪魔竜ベリアル》はフューチャーカード 神バディファイト ブースターパック 第5弾「神VS王!!竜神超決戦!!」に収録!

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