バディファイト外伝 「クリーガー」

バディファイト外伝 「クリーガー」

 

「《竜滅騎士 ジークフリート》でアタック!」
「うわ、また負けた」
 ドイツのとある田舎町で生まれた緑髪の少年、《クリーガー》と、赤髪の少年《リック》の2人は、バディファイトが大好きだった。家が近かったこともあり、2人はすぐに仲良くなり、暇を見つけてはバディファイトで遊んでいた。
 クリーガーはたった今決着をつけたジークフリートのカードを手に取ると、憧れの眼差しを向ける。
「やっぱりレジェンドワールドの英雄は強くてかっこよくて、大好きだな」
「次はオレのドラゴン軍団が勝つからな」
「望むところだよ!」
 そう言うと、2人は無邪気に笑った。

「やっぱりここにいた!」

 校舎裏に作った秘密基地の扉を開けたのは、銀髪ショートカットの少女だった。
「フェル!?」
「もう、バディファイトするならわたしにも声かけてよね」
「ごめん、フェルは他の子と話してたから……」
「そんなの気にしなくていいのに」
 その少女《フェル》も2人と家が近く、幼いころから一緒に遊んでいた1人だった。内気で他人とうまく馴染めないクリーガーやリックとは違い、フェルは活発で誰とでも仲良くなれる。故にフェルは、クリーガーとリックをいつも引っ張ってくれる存在だ。この秘密基地も、最初にフェルが作ろうと言い出し、3人で作った場所だった。
「次はわたしとファイトよ!」
「うん!」
「負けねぇぞ」
 フェルがデッキを取り出すと、2人は広げたカードを片付ける。

 こうして3人で、いつも遊んでいた。
 こんな日々がいつまでも続くと思っていた。
 あの日までは。

◇     ◇     ◇

 その日は、学校の遠足で近くの森に来ていた。
 午前中に移動し、午後はお弁当を食べてから、それぞれ仲のいい友達同士で遊んでいた。
 異変が起こったのは、もう帰ろうかという頃。
「あれ、なんだ?」
 一人が空を指さす。
 空には、まるで窓ガラスがひび割れたように、黒い亀裂が走っていた。亀裂は次第に大きくなり、真っ黒な穴となっていく。先生たちも異常事態だと気づいて、生徒を集めて避難を促す。
 だが間もなくして、その穴から巨大なモンスターが現れた。漆黒の身体に四本の腕、胴体には大きな口がある、禍々しいモンスターだ。
「なんだあれ!?」
「みんな、に、にげろ!」
「バディポリスを呼べ!」
 先生と生徒たちはパニックを起こす。
 巨大モンスターは、腹に空いた大きな口から赤黒い炎を吐き、森を燃やして、大地を焦がした。燃え堕ちる木々で生徒たちはさらに分断され、もう誰がどこに行ったのかも分からない状況だった。
「クリーガー! リック! こっちよ!」
 そんな中、クリーガーとリックはフェルの先導で森の中を走っていた。フェルは運動音痴の2人に合わせて道を選び、声を出して誘導している。
 しかしここで、突然暴れ出した巨大モンスターの火球が周囲に放たれる。運が悪いことに、その中の1つが3人のすぐ近くに着弾した。
「あっ……!」
 クリーガーは衝撃でよろめき、木の根っこに足を取られて転んでしまう。そこに、炎上した近くの大木が、クリーガーを押しつぶすように倒れてくる。
 クリーガーは恐怖で動けない。
 リックも立ち竦んでしまう。

「クリーガー!!!!!!!!」

 フェルだけが、自身の恐怖に鞭打って、クリーガーの元へと走った。大木が倒れる寸前でクリーガーに突っ込み、体当たりをする形で、わずかに位置をずらすことに成功する。
 だが、
「フェル……フェル!?」
「あぁぁっ!」
 代わりに、フェルの両足が大木の下敷きとなっていた。
「フェル! どうしよう、どうしよう」
「クリーガー……はやく、にげて……」
「そんな、でも、フェルが」
「いいからっ……!」
 フェルはこんな状態になっても、クリーガーとリックを逃がそうとしていた。
 そこに追い打ちをかけるように、次の火球が迫る。
「にげて!」
 フェルはさらに語気を強めるが、クリーガーは混乱状態で、ただただ、迫ってくる火球を眺めることしかできない。
 次の瞬間には、火球が3人を――

「ケルベロス!」
「まかせろ!」

 ――焼くことはなかった。
 突如現れた大きな影が、迫りくる火球の前に立ちはだかり、火球を跡形もなく消し去ったのだ。
「無事か」
 ボロボロの服にフードをかぶった大男と、重武装をした巨大な三つ首の狼がクリーガー達の前に現れた。
 クリーガーは小さく頷くと、震える声を振り絞る。
「あの、フェルを、フェルを助けてください……!」
 両足を大木の下敷きにされたフェルは、いつの間にか気を失っていた。大男はクリーガーとリック、そしてフェルに目をやると、無言で近づく。
「はぁっ!」
 大男は両手で大木を掴み、一息に持ち上げて反対方向に投げ飛ばす。さらに3人を軽々と持ち上げて、肩に乗せた。
「ケルベロス、一旦退くぞ」
「ロウガ! あと少しでヤツを追い詰められるんだぞ!」
「そんなことはわかっている。だがこのままと言うわけにもいくまい。なに、致命傷は与えた。じきにバディポリスも来る」
「……了解だ」
 大男と三つ首の狼は、すさまじい速さで森を走り抜けた。
 巨大モンスターの姿は次第に遠くなっていく。
 クリーガーはその光景をぼんやりと見つめながら、何もできなかった自分に今さら悔しさを感じていた。あんなに憧れていた英雄と自分の決定的な差に絶望していた。フェルに守ってもらいながら、フェルを助けられなかった自分が情けなくて、クリーガーは唇を強く噛む。

「友を助けたいなら“力”をつけろ。己の信じる道を示すための力を。それがたとえ、友と道を違えることになろうともだ」

 大男はそう言った。
 クリーガーは返事もできなかったが、その言葉は確かに心に届いていた。

 巨大モンスターは、バディポリスが到着した頃には姿を消していた。バディポリスはその後数か月も巨大モンスターの行方を追ったが、結局、発見するには至らなかった。

◇     ◇     ◇

 あの事件から数年。
 僕、クリーガーは13歳になっていた。

「フェル、おはよう」
 僕は玄関で、彼女に挨拶をした。
 運動するのに邪魔だから、とショートにしていた彼女の髪は、今ではすっかり伸びて、後ろで一結びにしている。
「おはよ。今日もありがとね」
「そんなのは、お互い様でしょ」
「そう?」
「そうだよ。僕だって、いつもフェルに助けられてるから」
「えーそうかなー」
「そうだよ」
 心の底からそう思う。僕はいつだってフェルに助けられてきた。昔から僕とリックを引っ張ってくれて、何度救われたかわからない。そう、あの燃える森の中でも。

 僕は、フェルの乗る車椅子を押す。

 あの事件で両足の自由を失ったフェルの生活を助けるのが、今の僕ができるせめてもの恩返しだ。
 2人で外に出ると、道の向こうにリックが待っているのが見えた。赤のツンツンヘアーがよく目立つ。僕とフェルが手を振ると、リックは不愛想に返事をする。
「よ」
 こうして朝早く合流し、3人で学校まで行くのが、今の僕らの日常だった。

◇     ◇     ◇

 放課後。
 僕はフェルを家まで送り届けると、すぐに家を後にした。リックは用事があると言って先に学校を出たので、今は僕一人だ。
 あの事件の後、僕は僕の憧れた英雄に少しでも近づくために、トレーニングジムに通い始めた。強い精神は強い身体に宿る、と言うのをいつかどこかの本で見たのを思い出し、藁にも縋る思いで始めたのが最初だ。
 トレーニング中は、いつもあの日のことを思い出す。
 あの日の悔しさを忘れないために。
 あの日の情けなさを二度と繰り返さないために。

 日が暮れ始めた頃に、僕はトレーニングジムを出る。
 僕は近くの売店でスポーツドリンクを買い、一気に飲んだ。冷たい水分が喉を通り、体に届く。
 さて、お腹もすいたし早く帰って夕ご飯を食べよう。

 そんなことを考えていた、次の瞬間。

 すさまじい地響きと共に、地面が揺れた。
 あまりに突然の衝撃に、僕は体勢を崩して地面に手を突く。いったい何事かと周囲を見回すと、そこには、見覚えのあるシルエットがあった。

「なんで……」

 そう。
 忘れもしないあの姿。
 漆黒の身体に、四本の腕。
 胴体には大きな口。
 あの日、僕らを森で襲った、巨大モンスターだ。
 その巨大モンスターが、僕らの町に立っていた。
 いざその姿を前にすると、僕は頭が真っ白になった。
 なんで。どうして。どうやって。そういえばあのモンスターは行方不明だったって。また僕らの前に現れるのか。もう嫌だ。やめてくれ。消えてくれ。なんでなんでなんでなんで――

「――落ち着けよクリーガー」

 僕は僕自身を叱咤した。
 ここでまた何もできなかったら、僕は何のために今まで頑張ってきたんだ。一つ深呼吸をして、もう一度巨大モンスターを見据えた。
 そこで、ある事に気が付く。
「あの方向って……」
 巨大モンスターがいる方角。それは間違いようもなく、僕の帰る場所。僕らが住んでいる家の方向だ。
 そして、そこには当然――
「フェル!」
 足の不自由なフェルがいる。この時間だとまだ両親も帰っていないだろう。リックも用事があると言っていたし、近くにはいないはずだ。なら、誰がフェルを助けるんだ。
 ようやく町の人たちも状況を把握し、パニックになり始めている中、僕は巨大モンスターがいる方へと走り出した。
 逃げてくる人たちとぶつかりそうになりながらも、全力で走った。
 巨大モンスターはあの日と同じように火球を吐き散らし、町は次第に火の海と化していく。途中、壊れた建物の破片が幾度か身体をかすめたが、構わず走った。
 そして、ついに僕らの家が見える。
「……ッ!」
 僕はそれを見て、息を詰まらせ、足を止めた。
 フェルの家が、半壊していたのだ。
 怖い。
 その先を見るのが怖い。
 そう恐怖しながらも、僕はそれ以上足を止めなかった。
 ここで止まったら、あの日と同じだ。
 僕は瓦礫を越えて、フェルの家に乗り込んだ。
「フェルゥゥ!」
 いなければ、それでいい。
 もう避難しているのなら、それがいい。
 でも、万が一、まだここにいるのなら。
「フェル! いるのか!」
 僕は何度も叫びながら、周囲を探す。
 すると、崩れ落ちた瓦礫の端に、倒れている車椅子を見つけた。すぐさまそこへ駆け寄ると、車椅子から放り出され、倒れているフェルがいた。
「フェル!」
 声をかけるが、返事はない。
 僕は青ざめながらも、フェルの呼吸を確認した。フェルは気を失ってはいたが、なんとか息はあるようだった。僕はそのことに安堵しながらも、巨大モンスターの咆哮で我に返る。
 後ろを振り返ると、巨大モンスターがもうすぐそばまで近づいていたのだ。
 僕がフェルを背負って逃げるにも限度がある。
 なら――
 僕はフェルを抱え上げた。そのまま、まだ壊れていない箇所へと連れていき、そこにそっとフェルを寝かせる。
「待ってて、今度は僕が助けるから」
 僕は小声でそう言うと、巨大モンスターの元へと走った。どうにか僕が、巨大モンスターの進行方向を変えるんだ。咄嗟に思いついた方法がそれしかなかった。限りなく無謀だとわかっていても、僕は巨大モンスターへと向かった。
 近くの石を拾い、巨大モンスターへと投げつける。
「お前の相手はこっちだ! こっちにこい!」
 その声が通じたのか、石が効いたのか、巨大モンスターが足元の僕を見下ろした。
『キサマ、死にたいのか?』
 地の底まで響く様な声に、全身に寒気が走るのを感じながらも、僕は拳を強く握った。ここで心が折れたら誰も救えないと、気を強く持つ。
だがそこで、僕は思わぬ遭遇を果たす。

「あれ? クリーガーじゃん」

 巨大モンスターとは別の声がした。
 聞き慣れた声だ。
 今朝も聞いた声だ。
 巨大モンスターの足元、まるで焦るそぶりもなく姿を現したのは、見間違うはずもない、僕の親友だった。
「リック、どうしてここに……早く逃げないと!」
「はぁ? 逃げる?」
「そうだよ!」
「どうして?」
「どうしてって、僕らの家も壊されて、フェルも倒れてて、巨大モンスターがすぐそこに――」
 僕の声を遮るようにして、リックは決定的な言葉を放つ。

「いやいや、逃げるも何も、こいつはオレのバディだぜ?」

 理解ができない。
 脳の処理に時間がかかる。
 この巨大モンスターが、リックの、バディ?
「何言ってんだよ……」
「今日のことだよ! オレ、あの事件があった森に行ったんだ! こいつ、あの事件の時に致命的ダメージを負ったらしくてさ! 傷を癒すために自らをカードに封印して姿を隠し、いつか封印を解いてくれる人間のバディを待ってたんだとよ!」
 嬉々として語るリックは、いつもとは明らかに様子が違った。
 不愛想だけど根は優しかったリックは、そこにはいなかった。
「だからオレがバディになって、復活させた! その力をオレに貸す代わりにな!」
「リック、自分が何を言ってるのか、わかってるのか……?」
「ああ? だから、オレはこいつの力を手に入れて――」
「そいつは、あの日僕たちを襲ったやつだぞ! しかも今は、僕たちの町を破壊してる!」
「そんだけ強い力ってことだ、いいじゃねぇの!」
「いいわけないだろ!」
「……なぁクリーガー。あの日、あの人が言った言葉を覚えてるか?」
「え?」
「友を助けたいなら“力”をつけろ」
 あの日僕たちを助けた大男の言葉を、リックも聞いていた。
「……覚えてるよ」
「オレはさ、クリーガー。あの日、お前もフェルも助けたかった。友であるお前たちを。でもオレは、怖くて一歩も足が動かなかった」
 それは僕も同じだ。
「オレは悔しかった。何もできなかった自分に、怒りすら覚えた」
 僕も同じだ。
「あの人の言う、友を助ける力がオレにはなかった」
 僕も同じだ。
 だから僕は、そんな自分を変えようと思った。
「身を挺してお前を助けたフェルの強さが、勇気が、いつもオレを責めるんだ。その証であるフェルの足を毎朝見るたび、オレはオレの弱さを見せつけられてるようだった!」
 リックの声は、次第に強さを増していく。
 己の醜さを吐き出すように、己の弱さを責めるように。
「オレはもう、オレ自身の弱さと向き合いたくない。強さが欲しい。力が欲しい。こいつの声が聞こえた時、オレは救われたんだ! やっと、力を手に入れることができた! だからオレは、オレの力を証明するために、こいつと一緒にこの町を壊す!」
『それでよい、我がバディよ。新たな創造には破壊が必要だ。この世に、我らの新世界を築くのだ』
「ああ、全てぶっ壊して、オレたちの力を証明しようぜ! なぁクリーガー、お前もこっち側にこいよ! オレ達が惨めな思いをすることのない世界を一緒に作ろう!」
 リックは心底楽しそうにそう言った。
 その言葉を聞いて、僕の中で、“何か”が外れた。
 さっきまでの恐怖を忘れ、怒りがこみ上げる。
「……そんなの、強さでも力でもない」
「ああ?」
「それは間違ってる!」
「何が間違ってるって言うんだ! 見ろこの町を! オレ達にかなうものなんて誰もいない! オレ達が最強だ!」
「リックの言ってることはめちゃくちゃだ!」
「めちゃくちゃなものか! 力のあるものが力のないものを蹂躙する! 自然なことだ!」
「そんなの自分の弱さを晒してるだけだ!」
 リックは顔色を変えた。一旦息を飲み込むと、さっきまでとは打って変わって、絞り出すようにゆっくりと喋り出す。
「なぁクリーガー、バディファイトしようぜ」
「え」
「バディファイトだよ。オレの新しいドラゴン軍団で、お前の英雄とやらをボコボコにしてやるよ。そしたら少しは、オレの力を認める気になるだろ」
「……わかった」
「そうこなくっちゃな」
 リックがデッキを手に取ると、巨大モンスターが問いかけた。
『いいのか? こいつを今ここで消し去ることもできるぞ』
「やめろ! こいつはオレが、バディファイトでぶっつぶす!」
『……好きにせよ』
 リックはファイトシステムを起動した。燃える町を背景に、ファイトステージが展開される。Ⅴボードが手元に現れると同時、僕とリックはルミナイズした。

「世界を救う力と共に、僕は英雄になる! ルミナイズ! セイヴァー・ヒーローズ」

「全てを燃やし、全てを喰らい、オレの力を示せ! ルミナイズ! エビル・ドラゴンズ!」

「「バディーファイッ! オープン・ザ・フラッグ!」」
 僕がフラッグを表にする。
「レジェンドワールド!」
 続いて、リックがフラッグを表にする。
「ダークネスドラゴンワールド!」
 こうして、僕らのファイトが始まった。

「オレのターンだ! ドロー、チャージ&ドロー! ライフ2を払い、《魔竜の起源 ザッハーク》をセンターにコール! その効果で、デッキからこいつを手札に加えるぜ」
 【リックライフ・10→8】
 リックが一枚のカードを手にする。
 そのカードこそ、因縁のモンスター、リックのバディだ。
「ゲージ2を払い、ザッハークをソウルに入れて、《悪神業魔竜 アガ・マナフ》をセンターにバディコールだ!」
 【リックライフ・8→9】
 あの日の災厄の象徴、禍々しい巨体がセンターに降り立つ。
『我が名はアガ・マナフ。我が新世界に害虫などいらぬ。よって、全てを燃やし尽くすのみ』
「さらに《デスゲージ・タイマー》を設置! その効果でゲージを増やし、アガ・マナフでファイターにアタックだ!」
『グオオオオオオオオ!!!!!』
 アガ・マナフの腕から放たれた火球が直撃する。
「うわああああああ!」
 【クリーガーライフ・10→7】
「これでオレのターンは終了だ」

「ハァハァ、次は、僕のターンだ。ドロー、チャージ&ドロー。装備、《竜滅剣 バルムンク》!」
 カードをⅤボードに出すと、竜殺しの剣が僕の右手に現れる。僕はそれを地面に刺し、続けてモンスターをコールする。
「ゲージ1を払い、《竜滅騎士 ジークフリート》をライトにコール!」
 ライトエリアにジークフリートが出現した。
 ジークフリートは竜殺しの英雄で、僕の大好きなカード。このカードの効果なら!
「その効果で、属性に《竜》か《ドラゴン》を含むモンスター、すなわちアガ・マナフを破壊する!」
「ソウルガードだ!」
 アガ・マナフはソウルガードで場に残るが、これでソウルは0枚。次の攻撃で仕留められる!
「アタックフェイズ!」
「この時を待ってたぜ! アガ・マナフの能力発動! アタックフェイズ開始時に、モンスター1体を破壊する! 消え去れ、ジークフリート!」
 アガ・マナフの胴体に大きく開かれた口から火球が放たれ、ジークフリートを襲った。ライトエリアを覆った炎が消えると、ジークフリートは跡形もなく消え去っていた。
「でも、僕にはまだこのバルムンクが――」
「キャスト! ゲージ1を払い、デスゲージ・タイマーを破壊して、《ゲイル・インパルス》だ! バルムンクを破壊する!」
 リックの魔法カードから放たれた衝撃波が、僕のバルムンクを破壊した。
「そんな……」
「クリーガー! これでお前の場には何もなくなったなぁ!」
 竜殺しの英雄ジークフリートも、竜殺しの剣バルムンクも破壊された。なら、次はどうすれば。
「……ターン終了」

「オレのターンだ! ドロー、チャージ&ドロー! 《魔竜の落とし子 チムノー》をレフトにコール!」
 黒い卵の殻を被った小さい竜が、レフトエリアに現れる。
「さらにキャスト! ゲージ1を払い、《アルティメット・バディ!》! このカードをアガ・マナフのソウルに入れて、攻撃力+5000だ! さぁまずはチムノー、ファイターにアタックだ!」
 チムノーの頭突きがヒットする。
「ぐっ」
 【クリーガーライフ・7→5】
「アガ・マナフ、ファイターにアタックだ!」
『グオオオオオオオオ!!!!!』
「うわぁ!!」
 【クリーガーライフ・5→2】
「アガ・マナフ、2回攻撃!」
『沈め人の子よ!』
 まだ、まだだ。
 まだ終わるわけにはいかない!
「キャスト! 《聖杯 ホーリーグレイル 》! 攻撃を無効にする!」
 アガ・マナフの火球を、魔法から出現した聖杯が受け止める。
「ちっ、オレのターンは終了だ」
 間一髪、ギリギリのところで耐えきった。

「僕の、ターン」
「もう諦めろよ。どうあがいたって、このオレとアガ・マナフの力に勝てるわけないってわかっただろ! お前もこっち側にこいよ!」
 リックの言う通り、状況は絶望的だ。
 僕はそっと手札を見る。だが、あのアガ・マナフに対抗できるカードはない。自分のデッキを思い返してみても、アガ・マナフを倒し、リックのライフを削り切れるカードなんて思い浮かばない。
 リックは確かに力を手に入れた。
 僕をはるかに上回る力だ。
 でも違う。あれは、あの人が言っていた力じゃない。

「友を助けたいなら“力”をつけろ。己の信じる道を示すための力を。それがたとえ、友と道を違えることになろうともだ」

 あの人の言葉がフラッシュバックする。
 そうだ。
 僕はフェルを助けたい。
 それと同時に、リックも助けたい。
 あの日から、弱い自分という呪いを背負ってしまったリックを。
 たとえリックの選んだ道を否定することになろうとも、僕は僕の信じる道を示すんだ。リックが選んだ道は絶対に間違っている。だから僕が、それを示すんだ。
「僕が欲しいのは、“友を守る”ための力だ!」

『汝に、我が力を貸そう』

 瞬間、僕の目の前が光に包まれた。
 何が起こったのかわからずにいると、僕の目の前に、白銀の鎧で全身を覆った騎士が現れた。
「……誰、ですか?」
『我が名はジークフリート』
「ジークフリート!? でも、僕の知ってる姿と違う」
『我は救世武装。悪しき竜より世界を救った英雄の“力”のみが、概念となって姿を得た存在。故に我は、ジークフリートであり、ジークフリートではない』
「僕を、助けてくれるの?」
『汝は“助けて”欲しいのか?』
『いや……でも、僕に英雄の力を使う資格があるのかな』
『我ら救世武装は、真にその“力”を欲する者の前にのみ、ふさわしき形を持って現れる。我が具現したということは、汝がジークフリートの力を振るうに値したからである』
「……なら、僕に力を貸してほしい。僕の友達が命の危機にある。僕の友達が間違った道を進もうとしている。二人とも助けたいんだ。だから、僕と共に戦ってくれ、ジークフリート!」

『戦士(クリーガー)の名を持つ少年よ。我が力は、汝と共に』

 気が付くと、僕はファイトステージに戻っていた。
「な、なんだ今の光は!」
 リックが怒鳴っている。
 と言うことは、さっきのあれは夢や幻じゃなかった?
「ドロー、チャージ&ドロー」
 僕は妙な確信と共に、カードを引いた。
 するとそこには、僕が求めた“力”があった。
「リック。君が手にした力は間違ってる」
「はっ! 今さら何を言っても、しょせん敗者の言葉だ!」
「いや、僕は勝つ。勝って、フェルもリックも救ってみせる!」
 僕はドローしたカードを掲げた。
「ゲージ1を払って、《投影外殻 “ジークフリート”》をライトにバディコール!」
『我が力は汝の力。我が必殺の剣、受け取るがいい』
 【クリーガーライフ・2→3】
 白銀の鎧を身にまとった騎士がライトエリアに現れる。
 夢でも幻でもない。
 その力が、僕と共にある。
「その効果で、《英装 バルムンク》を手札に加え、装備!」
 【クリーガーライフ・3→2】
「ジークフリートにバルムンクだと!? なんだそれは! オレの知ってるやつとは違うぞ!」
「そう、これはもう英雄のカードじゃない。誰かを救うための力、誰かを守るための力、救世武装 メシアアームズ だ!」
「なにぃ!?」
「これだけじゃない! この力にはまだ先がある!」
 僕は、もう1枚のドローしたカードを手に取る。
 これこそが、救世武装の真の力。
 正しく、世界を救うための力。
 僕の世界を守るための力。

「ジークフリート! バルムンク! 救世合身! ゲージ2を払い装備、《救世武装 ジーク・セイバー》!!!!!!!!!!」

 手にしたバルムンクとジークフリート、そして僕自身が一体となる。ジークフリートの力が、僕の力として再構築され、新たな姿で具現化する。
 僕の意志を象徴する白銀の剣が、僕と一体となるように装備された。
『その力は……! 我を凌駕するというのか!?』
「なんだと!?」
「いくぞ、リック!」
 僕は地を蹴った。
 普通じゃ考えられない速度で自分が移動しているのがわかる。ジークフリートの力が、この武器だけじゃなく、僕自身にも流れ込んでいるんだ。
 僕はセンターエリアに降り立つと、もう一度地面を蹴り、アガ・マナフの頭上へと跳躍した。アガ・マナフは四本の腕で襲い掛かってくるが、僕は迫りくる腕をジーク・セイバーで切り落とす。
『バカな、こんなことが、あっていいものかぁ!』
「ジーク・セイバーはアタックした時、属性に《竜》か《ドラゴン》を含むカード1枚の能力全てを無効化し、ドロップへ送る。これで、終わりだあああああああああああああああ!」
『ギアアアアアアアアアアアアア!』
 アガ・マナフの頭上から振り下ろしたジーク・セイバーの一撃が、その巨体を一刀両断にした。
「ああ、オレの、力が」
 アガ・マナフの消滅を見届けたリックは、さっきまでアガ・マナフがいた場所に手を伸ばしながら、がっくりと膝をついた。
「2回攻撃!」
 そこにジーク・セイバーの横一閃。斬撃がチムノーを消滅させ、リックのライフを削る。
 【リックライフ・9→4】
「ジーク・セイバーのソウルにあるバルムンクは、ライフ1を払うことで、ジーク・セイバーをスタンドさせる」
 【クリーガーライフ・2→1】
 ジーク・セイバーは再攻撃可能となった。
 これが最後の攻撃だ。
 僕はリックの前で立ち止まる。

「リック。あの日、僕たちが焦がれたフェルの勇気は、誰かを傷つける力じゃなくて、誰かを守る力だったはずだろう」

 僕はジーク・セイバーの側面で、そっとリックの頬を打った。
 【リックライフ・1→0】

◇     ◇     ◇

「もう、毎日来なくてもいいのに」
 この日も病室に訪れた僕に、フェルはそんなことを言った。
 幸いどこにも大きな怪我はなく、フェルはあと数日で退院できるそうだ。
「いいだろう別に、僕だって他に行くところないんだから」
「もー少しは他のクラスメイトとも仲良くしなよ」
「ぼ、僕には僕のペースってものがあるの!」
「まぁリックも当分帰ってこれないだろうし、しょうがないか」
「うん。帰ってきたら、その時は盛大にいじってやろう」
「そうしよそうしよ、もう悪さなんて二度と恥ずかしくてできないようにね」
 リックは事情聴取のため、バディポリスに連行された。その後の報告によると、リックはアガ・マナフによって精神を侵されていたらしく、今後の対応がどうなるかは未定とのことだ。
 しばしの沈黙の後、フェルが静かに話し出す。
「……ねぇ、クリーガー。そろそろ聞かせてくれない?」
 その言葉に、僕は心臓が飛び出るかと思うほどドキッとした。
「え、な、なにを?」
「もう、昔から隠すのヘタすぎ。毎日わたしのとこに来て、話すタイミングをうかがってたくせに」
「えー、あー、いやー」
 びっくりするぐらい図星だった。
 やっぱりいつだって、フェルにはかなわない。
「いや、実は――」

 リックとアガ・マナフが起こした事件から数日後、僕の元に一通の手紙が届いた。差出人は《神宮時 計》という日本人だった。手紙には、近々《ワールド・バディ・アカデミア》というバディファイト専門のエリート学校ができるということ、そこに、先日の事件で活躍した僕を招待したいということが書かれていた。
 その手紙を読んだとき、僕は正直胸が躍った。大好きなバディファイトで、世界各国から集められた強豪たちと競える。こんな機会、もう二度とないかもしれない。
 だがその一方で、足の不自由なフェルを一人、ドイツに置いてはいけないという気持ちがあった。リックがいない今、僕もいなくなれば、フェルの生活はより困難になるに違いない。
 揺れ動く気持ちに整理がつかず、フェルにどう言えばいいのかもわからないまま、ただただ毎日が過ぎていった。

「……なるほどねー」
 僕が説明し終わると、フェルは納得するように頷いた。
 そしてあっけらかんと言い放つ。
「行きなよ、日本」
「え!?」
「わたしの生活なら心配しなくてもだいじょうぶ! もう車椅子での生活も慣れてきたし、なによりわたしはクリーガーと違って、友達多いんだから」
「でも、僕のせいでフェルは足を――」
「クリーガーのせいじゃないよ。それに、どうしようもなく好きなんでしょ、バディファイトが」
「それは……うん」
「だったら、行きなよ。わたしのためにクリーガーが自分の好きなこと諦めたら、その方がわたし、悲しいな」
 僕はそれでも、まだ自分の中で消化しきれずにいた。こうは言ってるけど、フェルだってきっと、強がっている部分があるはずだ。
 煮え切らない僕に対し、フェルは一つ提案をする。
「じゃあさ、約束しよ。クリーガーが日本に行く代わりに、卒業したら、わたしとクリーガーとリックの3人で、必ずまたここで会うって。ね?」
 フェルだってきっと寂しいはずだ。ずっと一緒にいた3人が離ればなれになるんだから、寂しくないわけがない。それでも僕のためを思って、こうやって背中を押してくれている。
「……ありがとう」
 これ以上フェルに、僕の背中を押させるわけにはいかない。フェルの優しさに甘えるわけにはいかない。そう思った。
 僕だってもう、自分の力で歩めるんだから。
「わかった。僕、日本に行く」
「うん。いってらっしゃい」
 それから、僕とフェルは病室でバディファイトをした。
 勝ったり、負けたり、とても楽しい時間だった。
 夕暮れが迫り、今日はもう帰ろうと僕がカードをしまっていると、フェルは何か思いついたように僕を呼び止める。
「ねぇ、クリーガー」
「え、なに――」

 振り向いた僕の頬に、フェルの唇が触れていた。

「わたしのファーストキス。預けたから、必ず返しに帰ってきてね」
「――――」
 にひひと笑う彼女の笑顔を見て、僕はどうしようもなく恥ずかしくなり、咄嗟にカバンで顔を隠した。

 僕は日本に行く。
 そして、必ずここに帰ってくる。
 その時は、僕も勇気を振り絞ってみようと思う。

 

 終

 

<文:校條春>

 

《竜滅騎士 ジークフリート》は神バディファイト ブースターパック 第6弾「天翔ける超神竜」に収録!

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