バディファイト外伝 「ドラゴ怪盗団 」
マジックワールドの辺境。
そこに、ひときわ目立つ館がある。
その館で、とある計画をもくろむ男が二人。
「魔力の収集率はどうだね、ダミアン」
「我輩の装置に狂いはない。僕(しもべ)たちも十分な働きをしている。計画通り、明日には必要な魔力が揃うだろう。テリー、君の方こそ準備は大丈夫なんだろうね?」
「もちろんさ。たった今、最後の要石を置いてきたところだよ。これで極大魔法がいつでも発動可能さ。あとは魔力さえ集まればね」
「そうか。もうすぐだな」
「ああ、もうすぐさ」
「我輩たちの念願」
「“影の王国”を築く時だ」
赤い貴族服の男《テリー》と、紺の貴族服の男《ダミアン》。二人は自分たちの野望を果たさんとするため、館の地下に魔力収集装置を建造し、大量の魔力を集めていた。
その影響で、周囲の木々は枯れ、魔物は飢え、魔術師や魔族は貧困に苛まれていた。
当然二人はそんなことお構いなし。自分たちの楽園を築くことが最優先である。他のことは些事としか思っていない。
そんな二人の元に、
その日、ある予告状が届く。
「!?」
「なんだ!?」
館の窓から、矢のように飛んできて床に突き刺さったのは、長方形のカードだった。
テリーは周りに警戒しつつ、カードを拾う。
「なんだこのマークは?」
カードには、シルクハットをかぶった竜の紋章が描かれていた。テリーがカードを裏返すと、そこにはこう書かれていた。
《今宵、時計の針が頂点で重なるその時に、魔力を頂きに参上します。 byドラゴ怪盗団》
「ドラゴ怪盗団? ダミアン、君に心当たりは?」
「……聞いたことがある。どこからやってくるかもわからず、どこに帰るのかもわからない、謎の怪盗団がいると。彼らはどこからともなく現れ、魔力を盗み、消えるらしい」
「そんな、いるかいないかもわからない連中がこの予告状を? 馬鹿馬鹿しい。どうせ、私たちに恨みを持つ連中のいたずらだろう」
「だとしても、我輩たちの計画はもうすぐそこまで迫っている。念には念を入れ、警戒した方がいいのではないか」
「……そうだな」
「ならば、我輩は地下の警備を強化しよう」
「では、私は館の周囲を」
テリーとダミアンは二手に分かれ、館の守りを万全にするべく動き出した。
夜はもうすぐそこまで迫っており、空にはうっすらと月が見え始めている。
今宵は、満月になりそうだ。
◇ ◇ ◇
夜も更け、予告の時刻まであとわずかという頃。
テリーとダミアンは1階のロビーで集まっていた。
館の周囲や各部屋、地下施設には、彼らの使い魔を張り巡らせ、警戒に当たっている。
「本当に来るのかね」
「どうだかな。いるのかどうかすら怪しい連中だ」
「まぁなんにせよ、私たちの魔術防衛を潜り抜け、あの大量の魔力を盗み出そうなんて不可能な話だ」
テリーは嘲笑し、時刻を確認する。
もうあと数秒で、予告の時刻だ。
5、
4、
3、
2、
1、
0……
……
……
「……何も起きんな」
「やはり、いたずらだったか」
二人が安堵したのも束の間、
「バゥ! バウバウバゥ!!」
突然、地下の使い魔たちが異常を知らせた。
二人は顔を見合わせ、すぐさま地下へと降りる。
すると、
「これは、どういう、ことだ」
二人は装置の前まで来ると、目を疑った。
さっきまで何の異常もなかった。
計画達成はもうすぐそこまで迫っていた。
だというのに、
数か月かけて集めた装置の魔力が、綺麗さっぱり消え去っていた。
テリーはその場に膝をつき、頭を抱えた。
「なんで、どうして」
テリーの頭の中を色々な思考が駆け巡る。
魔術防衛は完璧だったはずだ。
使い魔たちもついさっきまで異常を知らせてはいなかった。
そもそもあの大量の魔力を一瞬で奪うなんてありえない。
どんなにすごい魔術師だろうと、事前の準備もなしに大量の魔力を動かすなんてできるはずがない。
それも私たちに気づかれずになど不可能だ。
館の防衛は私が強化した。
地下施設の防衛はダミアンが強化した。
その中を掻い潜るなど、それこそ、私かダミアンでもなければ――
テリーはそこまで考えて、ふと、“ある可能性”に気が付いた。
使い魔もテリー自身も“そのこと”に気づかなかったなんて考えたくはないが、ただ、目の前で起きた異常には説明が付く。
テリーは恐る恐る、となりに立っている“ダミアンであろう”人物を見上げた。
「お前、本当にダミアンか?」
ダミアンは大きな帽子を深々と被り、その表情は伺い知れない。
「……もちろん」
「私の二つ名を言ってみろ」
「影絵の掌握者」
「私たちの目的は?」
「影の王国を作ること」
「では……私たちが出会い、最初にその野望を語り合ったのはいつだ?」
「……」
テリーの問いに、しばしの沈黙が走る。
「……ふふ、まぁもう隠すこともないかね」
ダミアンはそう言うと、帽子を投げ捨てた。
その下から現れたのは、ダミアンではなく、マスクで顔を隠した竜人だった。
「貴様何者だぁ!!!!」
怒り狂ったテリーは立ち上がると、自身の影を生き物のように操って、竜人を串刺しにしようとした。
だが竜人は華麗な身のこなしでそれをかわすと、強靭な脚力で跳躍し、そのまま天井に張り付く。いつの間にかダミアンとしての姿は完全になくなり、緑のマントと竜人の手足が露わになっている。
「自己紹介がまだでしたね。僕は《ファントマリア・ルドマン》。ドラゴ怪盗団で先兵のような仕事を承っているものです。なにしろ、変装が得意なものでね」
ひょうひょうと語るルドマンだが、対するテリーは怒りで目を血走らせている。
「貴様、ダミアンをどうしたぁ!!!!」
「ええ、ええ、ご友人のことが心配でしょう。でもご安心ください。彼なら眠ったまま、ドラゴ怪盗団で手厚く保護していますとも。今頃は夢の中で、影の王国を築いている頃かもしれません。もちろん身の安全は保障して、後ほどお返しいたしますよ」
「いつから、いったいいつから入れ替わっていた!」
「うーん、いつからだと思います?」
「質問に質問で返すな!!!」
テリーの影がルドマンに肉薄するが、ルドマンは壁から壁へと跳躍し、その攻撃を難なくかわす。テリーの攻撃は目標をとらえられないまま、地下施設の天井を抉る。
「いやー、あぶないあぶない」
「今日、ドラゴ怪盗団の予告状が届いた後、私たちは二手に分かれて魔術防衛を強化した。あの時か。あの時、ダミアンを襲ったのか! くそくそくそ! この私が付いていれば!!!」
「え? いやいやいやいやご冗談を。いくら僕でも、そんな直前で危険な橋はわたりませんよ。ええ、ええ、およそ“一か月前”から入れ替わっていましたとも。ダミアン卿が館を出て、魔草を採取している隙を見てね」
「一か月……!?」
驚愕して目を見開いたテリーは、信じられない、というように両手で自身の顔を覆った。一か月もの間、同じ野望を抱いた同士ではなく、偽物と話していた事実に言葉を失っていた。
「さて、テリー卿。僕たちドラゴ怪盗団の盗みもそろそろフィナーレです。先ほどご自身で開けた天井をご覧ください」
テリーが抉った天井はそのまま地表まで貫いて、巨大な穴となっていた。その穴からは満月と夜空が綺麗に見える。
「ショータイムの始まりです!」
ルドマンが言うと同時、満月を隠すように大きな雲が現れた。雲は次第に霧散して、その“中身”が姿を現していく。いくつもの歯車に蒸気機関。満月を背に、機械仕掛けの巨大な浮島が姿を現した。
「さぁさぁご覧あれ! 東西南北どこでも現れ、悪の巨財を盗んで消える! これぞ我らがドラゴ怪盗団の天空城!! ルブラ・モーリスでございます!!!」
露わとなったルブラ・モーリスの周囲に、同じく迷彩で隠れていた多数の小型艇が姿を現す。その小型艇には、テリーとダミアンが集めたはずの魔力が、大きな気泡となって、いくつにも分けられ繋がれている。
「ああ、私たちの、王国が」
テリーは空に手を伸ばすが、当然その手は届かない。
「夢を持つことはいいことですが、だからと言って、関係のない者たちを巻き込んで、不幸にしてしまうのはいけません。次に何かを成す時には、もっと自分にも他人にも優しい計画をご準備いただければ幸いです。それでは、今宵はこの辺りで失礼いたします」
ルドマンが天井に空いた穴から地上へと飛び上がると、それを待ち構えていたかのように1機の小型艇が姿を現し、ルドマンを拾った。小型艇には、夜空に紛れる漆黒のマスクと、黒赤のマントを身に着けた竜人が乗っていた。
「私の名は《ウィンズ・ハリー》! 今宵もドラゴ怪盗団が、華麗な盗みをお見せしよう!!」
ルドマンが小型艇に乗り込むのと入れ替わりに、ハリーは小型艇の上で立ち上がり、マントをなびかせて両手を広げた。
小型艇は速度を上げ、空に浮かぶルブラ・モーリスへと帰っていく。その途中、小型艇に繋がれた魔力の泡が順番に破裂し、大地へと返る。濃縮された魔力が空中に広がり、光を屈折させて、オーロラのように空を虹色に染め上げた。
「That’s all for today! それでは、良い夜を!!」
ルブラ・モーリスと小型艇は雲の合間に隠れ、姿を消した。
空に浮かんだ満月には、なんとも不思議なことに、シルクハットをかぶった竜の紋章が浮かび上がっていたという。
終
<文:校條春>