バディファイト外伝 「星詠 スバル」
だめだ。
止めなければ。
この世はすでに、我々ドラゴッドだけのものではない。
ヤツがやろうとしていることは、全ての生命に対する冒涜だ。
だが、もう我には時間がない。
ヤツに力のほとんどを喰われた我は、もうじき消滅するだろう。
その前に、我が力を託さなければ。
最もふさわしき戦士を見つけなければ。
◇ ◇ ◇
「クロス・ペアー・スラッシュ……これでタイムルーラー・ドラゴンを破壊するか……いや、それだと1回破壊が足りない……なら破壊占術と組み合わせて……」
《星詠スバル》は、机の上にカードを並べて熟考していた。
ワールド・バディ・アカデミアの生徒会長である《神宮時計》に大敗して以来、スバルは暇さえあれば自分のデッキを見つめなおしていた。
「スバル、少し休憩した方が……」
スバルのバディである《クロス》が、心配して声をかける。
「ありがとうクロス。でも、大丈夫だ」
「ですが、帰宅してからもう5時間以上経ちますよ?」
「……クロスも見ただろう? 神宮時会長のバディの真の姿を。いずれ、もう一度会長と戦う時が来る。その時のために、僕らは今よりももっと強くならなければならない」
スバルは机の上のカードと向き合う。
クロスもそれ以上は止めなかった。心配こそしているが、スバルの考えていることも理解しているからだ。神宮時計とのファイトは、それほど圧倒的だった。今のままでは絶対に勝てないと確信するほどの、力の差だった。
スバルもクロスも、強くなりたい、という思いは同じである。
と、その時。
突然、二人の脳内に声が届いた。
『新たな強さを欲するか』
「ッ!? ……クロス、聞こえたか?」
「ええ、確かに聞こえました」
『欲するならば、扉を開けよ』
「この声、いったいどこから」
「家の外から、強い力を感じます!」
「……いこう、クロス」
「ええ、お供いたします!」
スバルは並べたカードを集めてデッキケースに戻すと、自室を飛び出した。靴を履き、玄関の扉を開ける。
すると。
「!? ここは、どこだ……?」
扉の外は、いつもの風景ではなかった。
宇宙のような、どこまでも先が見えない暗闇が広がっている。
気が付けば、後ろにあったはずの扉も消えていた。
「僕を呼んだのは誰だ!」
スバルの声が暗闇に響く。
少しの静寂の後、闇の向こうから返事がした。
「それはこの僕だよ……と言いたいところだけど、残念ながら僕も呼ばれた側だ」
暗闇の奥から出てきたのは、白いローブを身に纏った人物だった。顔もフードで隠れ、その表情は伺い知れない。
「君は?」
「そうだな……《アデス》、とでも呼んでもらおうか」
「そうか。僕の名前は――」
「星詠スバル、だろ?」
「……どうして僕の名前を?」
「今から争う相手のことぐらい知っている」
「争う? 君と僕が?」
「ああ。だって、君も“新たな強さ”を求めてきたんだろう?」
「……この状況について、詳しく知っているみたいだな」
「少しだけだけどね。この空間には“あるドラゴッドの力”が存在している。ここで勝利したものには、その力が授けられるらしい」
スバルは思考を巡らせた。
謎の空間。
謎の人物。
謎のドラゴッドの力。
何もかも未知のことだらけで、とても信用するに値しない。
……のだが、
「わかった。では、ファイトをしよう」
スバルはすぐに決心した。
これには静観していたクロスも驚きの声を発する。
「スバル!? いいのですか、こんな怪しい人のいうことを聞いて」
「ああ。どの道、今の僕らにはこの空間から出る方法すらわからない。だったら、一番事情を知ってそうな彼、アデスの言葉に従うしかない。それに……」
「それに?」
「……新たな強さが手に入るのなら、どんな試練でも乗り越えたい」
「スバル……わかりました。私も共に戦いましょう!」
「クロス、頼りにしているよ」
スバルとクロスの様子を見ていたアデスが、懐から自分のデッキケースを取り出した。
「決まりのようだね」
アデスが言うと同時、暗闇に包まれていた空間が突如としてファイトステージへと変化した。二人の前にVボードが出現し、両者共にデッキを置く。
「廻る天球、竜の導き。ルミナイズ、ギャラクシー▽(トライアングル)!」
「天を廻る星々よ、彼の探究者に試練を与えよ。ルミナイズ、ギャラクシー◇(ダイヤモンド)!」
「「バディーファイッ! オープン・ザ・フラッグ!」」
スバルがフラッグを表にする。
「スタードラゴンワールド!」
続いて、アデスがフラッグを表にする。
「スタードラゴンワールド!」
異空間での、2人のファイトが始まった。
星詠スバルの先攻。
「僕のターン、ドロー。チャージ&ドロー。いくよ、クロス」
「はい!」
「ゲージ2を払い、《天占貴竜クロス・イリスレーゼ・アストルギア》をセンターにバディコール!」
【スバルライフ・10→11】
「天球の輝きが、スバルの勝利を照らします!!」
クロスが両翼を羽ばたかせ、センターエリアへと降り立つ。
「キャスト、《布告「星命操作」》。ライフ1を払い、デッキの上4枚から2枚を手札に、残りをゲージに。さらに、ゲージ1とライフ1を払い、《超占弓カエルム・レクス》を装備!」
【スバルライフ・11→9】
スバルの手に、輝く黄金の弓が装備される。
「ゲージ2を払い、《護占竜ジャイロン・マグナ》をライトにコール! 輝け、天の矛! ギャラクシーフォーメーションライト、発動!」
センターのクロス、ライトのジャイロン・マグナ、そしてスバルの持つカエルム・レクスが線で繫がり、フィールドに三角形が形成される。
「これにより、センターのクロスは攻撃力+10000、打撃力+2される。いくぞ、アタックフェイズ。クロス、ファイターにアタックだ!」
「はぁぁ! スバルの勝利のために!!」
クロスの頭上の天球から光があふれ、それが弾丸となってアデスを襲う。
「くっ……!」
【アデスライフ・10→6】
「僕のターンは終了だ」
アデスの後攻。
「では、僕のターン。ドロー。チャージ&ドロー……星詠スバル、聞いてもいいかな?」
アデスはドローを終えると、動きを止めた。
「なぜ、強さを求める」
「……僕は、自分の正しさを貫ける強さが欲しい」
「君にとって正しさとは何だい?」
「他者の圧力にゆがむことなく、自分の意志で選び、決めたもの。それが僕の正しさだ」
「もし君の思う正しさが間違っていたとき、君はどうするつもりだい?」
「間違っていたら……見つめなおす。自分の意志を」
「では、その正しさで他の誰かが死んだとしても、君は自分を貫けるのかい?」
「それは……」
「足りないね。覚悟が。力を持つということの覚悟が。力には責任が付きまとうんだ。力があれば君の正しさは貫けるかもしれない。でも、その正しさは他者の正しさを捻じ曲げ、ゆがませ、奪うこともできる! 進む先が間違っていた時の絶望を、君は理解していない! 強い力を行使するということはそういうことだ!」
アデスは語気を強め、手札のカード1枚を天に掲げた。
「ゲージ3を払い、《王の輝きクロス・ファルネーゼ・アストルギア》をセンターにバディコール!」
【アデスライフ・6→7】
「星々の瞬きが、我が王を勝利へと導きましょう!」
センターに現れたのはまぎれもなく、スバルのバディと同じ、《クロス》だった。
「クロス!?」
「私がもう一人!?」
そのサプライズに動揺するスバルとクロス。
それに対し、アデスともう一人のクロスはいたって冷静である。
「私の名は……《キングクロス》、とでもお呼びください」
「ふっ、天球竜を使うのが、君だけだと思ったのかい? キャスト、ライフ1を払い、《布告「星命操作」》! デッキの上4枚から2枚を手札に加え、残りをゲージに。さらに、ゲージ1とライフ1を払い、《超占弓カエルム・レクス》を装備」
【アデスライフ・7→5】
アデスは、スバルの第1ターンと同じカードを同じ順番で使った。揺れ始めたスバルの心が、余計に掻き乱されていく。
「くっ」
「いくよ。キャスト、《布告「決占」》。カードを1枚引き、僕の天球竜の攻撃力を+3000! 続けてゲージ1を払い、《管星竜ビレッティ》をレフト、《占闘竜イン・シェブロン》をライトにコール! 王が繋ぐは天に輝く四角形(ダイヤモンド)! ギャラクシーフォーメーションキング、発動!」
アデスのセンターにいるキングクロス、ライトにいるイン・シェブロン、レフトにいるビレッティ、そしてアイテムのカエルム・レクスが線で繫がり、フィールドに四角形が形成される。
「これで、僕の場のカードは攻撃力+10000、打撃力+1、貫通を得る。アタックフェイズ!」
アデスのモンスター達が戦闘態勢に入る。
これに対し、スバルは防御の指令を下す。
「ジャイロン・マグナ、レフトに移動! 瞬け、天の盾! ギャラクシーフォーメーションレフト、発動! これにより、クロスとジャイロン・マグナの防御力+10000!」
「それでも、こちらの攻撃力が上まわっている。ビレッティでジャイロン・マグナをアタック!」
「ソウルガード!」
ビレッティの頭突きがジャイロン・マグナに直撃するも、ソウルが1枚ドロップへと送られ、ジャイロン・マグナは場に残る。
「続けてイン・シェブロン、ジャイロン・マグナにアタック!」
「もう一度ソウルガード!」
イン・シェブロンの槍がジャイロン・マグナを貫く。だが、再びソウルが1枚ドロップへ送られ、ジャイロン・マグナは場に残る。
「イン・シェブロン、2回攻撃!」
「キャスト! 《天球陣アステラシオン》! 攻撃を無効にし、ゲージ+2!」
イン・シェブロンが2度目の槍を振るうが、ジャイロン・マグナの前に現れた青い球体がそれを防ぐ。
「ならば、キングクロス、ジャイロン・マグナにアタックだ!」
「王の勝利のために!」
キングクロスの放った無数の光線がジャイロン・マグナに降り注ぎ、ついに消滅させた。
「これでギャラクシーフォーメーションレフトは崩れた」
「いや、まだだ! キャスト、《セレソシエーション》! ライフ1を払い、手札から再びジャイロン・マグナをレフトにコール!」
【スバルライフ・9→8】
もう一度レフトにジャイロン・マグナが登場する。
「もう一度破壊するまで。キングクロス、2回攻撃!」
「消えなさい!」
「ソウルガード!」
ジャイロン・マグナはキングクロスの光線を受けるも、ソウルガードで場に残る。
「次はこれだ!」
アデスは装備したカエルム・レクスを構えると、ジャイロン・マグナに光の矢を放った。
ジャイロン・マグナは矢に射抜かれるも、もう一度ソウルガードで場に残る。
「2回攻撃!」
2発目の矢がジャイロン・マグナを射抜き、破壊する。
「今度こそ、ギャラクシーフォーメーションレフトは終わりだ」
「だが、すでに攻撃できるカードは残っていない」
「それはどうかな。キングクロス、能力発動!」
「なに!?」
「手札1枚を捨てることで、僕の場のカードを全てスタンドし、再攻撃可能にする!」
「王の命です。再び立ち上がりなさい!」
キングクロスの号令で、場のカード全てがスタンド状態になる。
「まずはこれで一撃!」
アデスはカエルム・レクスの矢を、スバルのセンターにいるクロスに向けた。……しかし、自分で狙いを定めたにもかかわらず、アデスは一瞬躊躇する。
「……ッ!」
「アデス、私がついています」
「……そうだったね、キングクロス。もう迷わない」
アデスは光の矢をクロスに放つ。矢はクロスに直撃し、そのまま貫通してスバルにもダメージを与える。
「うわあぁ!」
「ぐっ!」
【スバルライフ・8→4】
ダメージこそ受けたものの、クロスはソウルガードで場に残った。
「キングクロス……クロスにアタック!」
「お任せください、我が王!」
キングクロスは高く飛翔し、地上のクロスへと急降下した。
その体は流星のごとく、一筋の光となっていく。
攻撃がクロスへと直撃する寸前、
「僕はまだあきらめない! キャスト! 《テスラ・アドバーシティ》! 手札1枚とソウル1枚を捨てて、このターン中、クロスは破壊されなくなる!!」
クロスが光に包まれる。
それと同時、流星となったキングクロスがクロスに衝突した。轟音と共にセンターエリアが爆発するが、クロスは無傷でそこに立っていた。
「よく凌いだね。でも、今ので手札を使い切ったみたいだよ」
「そうだとしても、僕はクロスと共に、次のターンを迎えることができる!」
「では、その1ターンで君の覚悟を示してくれ。僕はターン終了だ」
「僕の、ターン……」
スバルはターンを迎えるが、握った拳は震えたままだ。
「スバル……?」
心配したクロスがスバルを振り返る。
「僕は、僕の正しさが間違った時、それでも前に進めるだろうか。僕は、自分が間違ったらやり直せばいいと考えていた。でも、その間違いで取り返しのつかないことがおきた時、僕は立ち上がることができるだろうか……」
スバルは、アデスの問いに対する答えを見つけられずにいた。
己の力で、自分の正しさを貫くこと。
それは、誰かの正しさを否定すること。
そして、その先に待つ結果に責任を持つこと。
進んだ先が間違っていても、時を戻すことはできない。やり直しなんてできない。その間違いを背負っていくしかない。スバルはその絶望に耐えられるだろうか。自分自身に問うても、答えは出ない。
スバルは俯き、自分の手を見る。
その手は、いまだに震えたままだ。
スバルは現実逃避をするように目を瞑った。
その直後、
「スバルには私がいます!」
クロスの声で、スバルは目を開けた。
前を向くと、クロスが真っすぐにスバルを見つめている。
「例えスバルが絶望しても私が照らします! 夜空に輝く星のように、スバルが道に迷ったとしても、道しるべになるように! 私がスバルの希望となる!」
「クロス……」
「私たちはバディ、どんな時も二人で乗り越える。そうでしょう?」
「……ああ、その通りだ」
クロスの力強い言葉に、スバルの乱れた心は平静を取り戻した。気が付けば、手の震えもおさまっている。
「僕は一人じゃない。例え間違ったとしても、支えてくれるバディがいる。一緒に歩んでくれる友がいる。なら、僕は絶望に負けはしない。希望を掴んで見せる!」
スバルはデッキの上に手を置き、
「ドロー! チャージ&ドロー!」
力を込めて、カードを引いた。
「管星竜フレットをレフトにコール! その効果でゲージ+2し、1ドロー!」
引いたカードを見て、スバルは覚悟を決める。
「アタックフェイズ!」
「見せてくれ。君の未来を!」
アデスも、蘇ったスバルの闘志に応える。
「クロス、キングクロスをアタックだ!」
「お任せください! スバルに勝利を!」
クロスの天球から光の弾丸が放たれ、キングクロスに命中する。だが、キングクロスはソウルガードで場に残る。
「まだ私は倒れません!」
「ならば、2回攻撃!」
「いきますよ!」
再びクロスの攻撃を受けるキングクロスだったが、これもソウルガードで場に残る。
「これで最後だ!」
スバルがカエルム・レクスを構える。
その照準に迷いはない。
「いけ!」
カエルム・レクスから放たれた光の矢が、キングクロスを射抜く。ソウルがなくなったキングクロスは、もう場に残ることはできない。
「ス……アデス! あなたの勝利を願っています……!」
キングクロスが消滅する。
スバルは2発目の矢を、アデスへと向けた。
「2回攻撃!」
「ぐっ……!」
【アデスライフ・5→2】
「フレット、ファイターにアタック!」
「くはっ……!」
【アデスライフ・2→1】
スバルは大きく息を吸うと、叫んだ。
「ファイナルフェイズ!」
「なに!?」
「キャスト! 裁き告げる三ツ星(トライスターディシジョン)!」
クロスが両翼を広げ、自らの身体を弓とする。
その頭上にエネルギー弾が形成され、それを矢のように後ろへと引く。
「必殺…… 裁き告げる三ツ星(トライスターディシジョン)!!!!!!!」
巨大な矢となったエネルギー弾が、アデスへと放たれる。
アデスは慌てたそぶりも、悔しそうなそぶりも見せず、ただ、その光を眩しそうに眺めていた。
【アデスライフ・1→0】
巨大な矢が直撃し、アデスのライフは0となる。
「証明完了」
◇ ◇ ◇
ファイトが終わると、スバルとクロスは家の前に戻っていた。
「ここは、元の場所に戻った、のか……?」
「スバル! これを!」
スバルが隣のクロスを見ると、その体が光り輝いていた。
さらに、いつの間にか手に持っていたクロスのカードが、それに呼応するように、姿を変えていく。
「《知識と希望の神ゴッドクロス・アストルギア》……これが、ドラゴッドの力」
「はい! 今までにない、底知れぬ力を感じます!」
「……僕たち2人で手に入れた力だ。きっと神宮時会長にも対抗できる」
「もちろんです!」
「ところで、あの空間、それにアデスとキングクロスは何者だったのだろうか……」
「さぁ。でも、不思議と嫌な感じはしませんでしたね」
「そうだね。もう一度会えたなら、その時はゆっくり話がしたいものだ」
スバルとクロスは夜空を見上げ、今日出会ったどこかのだれかに思いをはせた。
その日の空は快晴で、東の空には“おうし座”が瞬いていた。
◇ ◇ ◇
「これでよかったのですか?」
『ああ、感謝する。おかげで、最もふさわしき戦士に我が力の一部を託すことができた』
「いいんですよ、あなたには借りがある。ところで、あなたはまだ続けるつもりですか?」
『我が身が果てるまで、一人でも多くの戦士に力を託さなければならない。そうでなければ、ジ・エンドルーラー・ドラゴンに対抗することはできない』
「そうですか……そうですね。僕も、ヤツの恐ろしさは知っています」
『そうであったな……全ては我の力不足。いくらでも我を呪うがいい』
「“空間の神”、あなたがいたから世界は生まれた。感謝こそすれ、呪うなんてとんでもない」
『そうか……では、おぬしたちを“元の世界”に帰すとしよう』
「お願いします。じゃあ帰ろうか、クロス。“僕たちの世界”に」
「はい。それにしても、アデス……プレアデス星団ですか。考えたものですね、スバル」
「クロスこそ、キングクロスって、そのまんますぎるだろう」
「あ、あれは急なことで仕方がなかったのです!」
「ふふっ」
「どうしました? スバル」
「いや、君が傍にいると落ち着くと思ってね……」
「私もです。願わくば、彼らもそうであってほしいですね」
「そうだね。この時空の僕がまっすぐに正しさを探求し続ける、そんな未来を願うよ……」
終
<文:校條春>