バディファイト外伝 「陸王 マサト」
この世界でもヤツが動き出した。
数多の生命が紡いだこの世を、否定するために。
今度こそ終わらせなければならない。
それが、同じドラゴッドとして、我ができる最後の行いだ。
だが、もう我には時間がない。
ヤツに力のほとんどを喰われた我は、もうじき消滅するだろう。
その前に、我が力を託さなければ。
最もふさわしき戦士を見つけなければ。
◇ ◇ ◇
「「265……266……267……」」
《陸王マサト》とそのバディ《アギト》は、自室でひたすらにトレーニングをしていた。
というのも、数日前、2人はワールド・バディ・アカデミアの生徒会長である《神宮時計》とファイトし、完膚なきまでに打ち負かされたのである。
それ以来、2人はさらなる強さを手に入れるため、己を鍛え続けていた。
「299……300……アギト! もう100本行けるか!」
「まだまだいけるぞ!」
「よっシェア! 俺たちはもっと強くなる。気合を入れろ!」
「もちろんだぞ!」
2人は息の合った呼吸で動きをシンクロさせる。
バディファイトに必要不可欠である強靭な精神力、集中力、判断力を身につけるには、全ての支柱である肉体を鍛えるべし。それが、マサトの持論だった。
そんな夜更け。
突然、2人の脳内に直接声が響いた。
『新たな強さを欲するか』
マサトとアギトは同時に動きを止める。
「アギト、聞こえたか」
「ばっちり聞こえたぞ!」
『欲するならば、扉を開けよ』
「まただ」
「マサト! 家の外から強い力を感じるぞ!」
「アギト、行くぞ!」
「おう!」
マサトはデッキケースを掴むと、自室を飛び出した。
玄関の扉を開け、外へと出る。
すると。
「っ!? なんだ、ここは」
「一面何もないぞ」
そこは、見たことのない場所だった。
家どころか、草木一本生えていない荒野。
見渡す限り、なにもない大地が続いている。
気が付けば、後ろにあったはずの扉も消えていた。
「どういうことだ……」
マサトが状況を飲み込めずにいると、突然、後ろから声がする。
「陸王マサト。お前、強くなりたいんだってな」
「誰だ!」
振り向いた先には、黒いボロボロのマントで全身を覆った人物が立っていた。その顔もフードで覆われ、よく見えない。
「オレか? オレは……《ダイチ》、とでも名乗っておこうか」
「お前がオレ達をここに呼んだのか?」
「いや、それはオレじゃない。オレじゃないが、事情は知っている」
「知っている?」
「ああそうだ。お前は今よりももっと強くなりたい。だから、オレはお前に試練を与えるためにここにいる」
「試練、だと……?」
「この空間には、“あるドラゴッド”の力が満ちている。オレの試練を乗り越えることができれば、その力を得ることができる。わかりやすいだろ?」
謎の人物ダイチは、マントの内側からデッキケースを取り出し、マサトに向かって突き出す。それの意味するところを、マサトもアギトも瞬時に理解した。
マサトとアギトは目を合わせると、無言で頷いた。
「よっシェア! その試練、アギト共に受けて立つぜ!」
「どんな困難も、マサトと一緒なら乗り越えられるぞ!」
マサトもデッキケースを取り出す。
すると、何もない荒野が突然、ファイトステージへと姿を変える。二人の前にVボードが出現し、両者共にデッキを置いた。
「繋いだ螺旋はキズナの鎖! ルミナイズ! スパイラル絆竜団!」
「キズナの力は雷鳴のごとく! ルミナイズ! ライトニング絆竜団!」
「「バディーファイッ! オープン・ザ・フラッグ!」」
マサトがフラッグを表にする。
「エンシェントワールド!」
続いて、ダイチがフラッグを表にする。
「エンシェントワールド!」
2人のファイトが始まった。
ダイチの先攻。
「オレのターン! ドロー! チャージ&ドロー! マサト、それに絆竜団。お前たちの弱点を教えてやろう」
「弱点だと?」
「ああ。お前たちの絆の力は強力だ。力を合わせれば、どんな困難をも乗り越えられるだろう……だがその一方で、仲間を前提にした強さは、時に脆くもなる」
ダイチの言葉に、アギトが声を荒げた。
「自分たちに弱点なんてないぞ! 互いが互いの弱点を補い合って戦う! だから絆竜団は強いんだぞ!」
「なら、その仲間がいない時はどうする?」
「いない時って、そんなの考えたことないぞ……」
「まさか、いついかなる時でも仲間が傍にいると思っているのか?そんなことはありえない。仲間の能力に頼り過ぎれば、それが欠けた時、何もできなくなる」
「マサトも絆竜団も、誰もいなくなったりしないぞ!」
「本当にそうかな?」
「もちろんだぞ!」
「じゃあこの1ターン目、お前はマサトを助けられるのか?」
「っ!? そ、それは……」
「そうだ。先攻の1ターン目において、後攻側はモンスターを頼れない。モンスターがいることを前提とする魔法も使えない……アギト、そこでマサトが倒れる姿を、指をくわえて見てるといい!」
ダイチは手札のカードを1枚手に取った。
「キャスト、《竜王伝》! ゲージ+1、ライフ+1し、1ドロー!さぁいくぞ! ゲージ1を払い、《雷鳴と雷光アギト》をセンターにバディコール!」
【ダイチライフ・10→12】
ダイチのセンターエリアに雷が落ちる。
「自分はアギト。いや……《サンダーアギト》だぞ!」
そこには、まぎれもなく“もう一人のアギト”がいた。
「自分が2人!?」
「ほう」
驚愕するアギトに対し、マサトはどこか納得したような声を漏らす。
「続けて、《重撃カイナ》をライトとレフトにコール!」
「やってやるカイナ!」
「ぶちかますカイナ!」
「ゲージ1を払い装備! 《絆竜槌アギトクラッシュ》! ドラゴオォォン・シェアアアアアア!!」
ダイチの手に、先端に多くの棘を持つ槌が現れる。ダイチはそれを地面に突き刺すと、サンダーアギトへと号令を出した。
「アタックフェイズだ! サンダーアギトの効果とカイナのD・シェアにより、サンダーアギトの打撃力は5! いけ、サンダーアギト!!」
「やってやるぞ!」
「さらに! アギトクラッシュのD・シェアにより、デッキの上1枚をドロップに置く!」
ダイチのデッキの上から1枚がドロップに置かれる。置かれたカードは、《満腹ハラハラ》だ。
「そのカードがD・シェアを持つカードだった場合、相手に1ダメージを与える!」
「くっ……!」
【マサトライフ・10→9】
槌からあふれ出した電撃がサンダーアギトの角へと渡り、より巨大な雷となってマサトを襲う。さらに、サンダーアギトの尻尾の斧がマサトへと振り下ろされる。
「ぐはっ……!」
【マサトライフ9→4】
「オレの場にD・シェアを持つカードがあり、相手のライフが4以下……この意味が、お前たちにならわかるだろう?」
「……ッ!」
ダイチは手札から1枚のカードを天に掲げた。
「ファイナルフェイズ! キャスト! 雷電竜巻嵐舞(サンダートルネードライブ)!」
サンダーアギトを中心に幾筋もの雷が落ちる。その雷を巻き込むように竜巻が発生し、ファイトステージに暴風が吹き荒れる。
「必殺! 雷電竜巻嵐舞(サンダートルネードライブ)!!!」
ダイチの手から放たれた雷の斧が竜巻の中で分裂し、無数の斬撃となってマサトに迫る。
「仲間に頼り切ったファイトには限界が訪れる! 敗北の中で、お前たちの戦い方について考え直すといい!」
嵐のようなダイチの叫びが轟く。
「マサト!」
見ていることしかできないアギトが悲痛な声を上げる。
だが、
マサトの瞳にくもりはない。
「オレ達絆竜団の絆は、たとえ傍にいなくとも、螺旋の鎖で繋がっている! キャスト! 《絆竜団の絆》!!」
【マサトライフ・4→5】
「なに!?」
必殺技が当たる直前、マサトはライフを回復する。その後、放たれた数多の斬撃がマサトを襲う。
【マサトライフ5→1】
「くっ……!」
竜巻が収まり、ファイトステージに静けさが戻る。
ステージ上には、まだマサトが立っている。
「……オレ達の絆を打ち破るには、まだ足りなかったようだな」
「……やるじゃないか。ターン終了だ」
マサトの後攻。
「さぁ、オレ達のターンだぜ、アギト!」
「マサト……守れなくてすまないぞ……」
「何言ってんだ! アギト、お前の役割はオレを守ることだったのか?」
「それは……」
「オレはお前達を信じてる! 信じてるからこそ踏ん張った! オレが繋いだこのライフで、必ず、お前達と逆転できるってな!」
「マサト……」
「さぁ、やろうぜアギト!」
「……わかったぞ! 必ず、勝利してみせるぞ!」
「おう、その意気だ! ドロー! チャージ&ドロー! ゲージ2を払い、《極雷絆斧アギト》をセンターにバディコール!」
【マサトライフ・1→2】
「やってやるぞ!」
「さらに、ライフ1を払い《絆手套“ボンドグラブ”》装備! 《機転ツマサキ》をレフト、《疾走ウィングス》をライトにコール! 効果でゲージ+1,1ドロー!」
【マサトライフ・2→1】
「ここから逆転しましょう!」
「絆竜団の絆の力、見せてやるぜ!」
登場したツマサキとウィングス、そしてアギトがマサトを見る。マサトはそれに応えるように、声を張り上げた。
「喜びも悲しみも、そして強さも共に分かち合う! ドラゴォォォォン、シェアァァァ!!!」
絆竜団とマサトが絆の光で繫がり、能力を共有する。
「オレの場の絆竜団は2回攻撃と貫通を得て、相手のカードの効果で破壊されず、相手モンスターを破壊した時相手に1ダメージを与える! いくぜ、アギトでサンダーアギトをアタック!」
「自分たちは必ず、マサトのために勝つんだぞ!」
アギトの尻尾が帯電し、サンダーアギトを両断する。
「ダイチ……後は頼んだぞ……!」
「くっ……」
【ダイチライフ・12→9】
サンダーアギトは破壊され、ダイチのセンターが空く。
「アギト、2回攻撃だ!」
「うらぁ!」
アギトの尻尾が、今度はダイチを襲う。
「ぐはっ!」
【ダイチライフ・9→7】
「ウィングス、2体のカイナをアタックだ!」
「おうよ!」
ウィングスは素早い動きで接近し、その爪でレフトのカイナを破壊。すぐさま体を捻らせて跳躍し、今度はライトのカイナを破壊した。
「効果ダメージも受けてもらうぜ!」
「くっ……まだまだ!」
【ダイチライフ・7→5】
「今度はツマサキ、ファイターにアタックだ!」
「任せてください!」
ツマサキはレフトエリアから飛び出すと、ダイチに体当たりする。
「うっ……!」
【ダイチライフ・5→4】
「2回攻撃!」
【ダイチライフ・4→3】
「オレもいくぜ!」
マサトは自慢の身体能力で一気にダイチに肉薄すると、腕に装備したボンドグラブで攻撃した。
【ダイチライフ・3→1】
「ぐっ……オレのライフはまだ残っているぞ!」
「オレ達の攻撃は、まだ終わってないぜ!」
「なら来るがいい!」
「ああ! ゲージ2を払い、アギトに重ねて《極雷螺旋絆斧キングアギト》をセンターにコール!」
アギトの体に雷が落ち、光を纏って膨れ上がる。4足歩行だったアギトの体は、巨大化を経て、2足歩行の巨竜へと変貌した。
「グオオオオオオオオ!!!」
「これで決めるぜ! キングアギト、ファイターにアタックだ!」
「マサトは絆竜団を信じて必ずライフを繋いでくれる! だから自分たちは、コールされた時に最高の働きをする! それが、自分たち絆竜団の“絆”だぞ!」
キングアギトが突進する。その巨大な足が地を踏みしめるたび、ステージ全体が振動した。
「ふっ……いっちょ前に咆えるじゃねぇか」
攻撃が迫る中、ダイチが小さく呟く。
その声色は、どこか嬉しそうだった。
【ダイチライフ・1→0】
キングアギトの突撃が、ダイチのライフを0にした。
「よっシェア!」
「自分たちの勝利だぞ!」
◇ ◇ ◇
ファイトが終わると、マサトとアギトは自宅の前にいた。
2人は周囲を見回すが、超東驚の見慣れた風景があるだけだった。先程までのファイトが嘘のように、辺りは静まり返っている。
「……これは?」
マサトが手に持っていたカードが、突然光を放ちだす。
「うわっ、自分もなんだか変な感じだぞ!」
それと同時に、アギトの体も光を帯び始めた。
「すごく、力が溢れてくる感じだぞ……!」
アギトは確かめるように、自分の体を動かした。
光の中で、カードは新たな姿となっている。
「《情熱と絆の神ゴッドアギト》……これが、あいつの言っていたドラゴッドの力」
「じゃあ、試練は合格ってことなのか?」
「ああ、オレ達全員で乗り越えたんだ!」
「やったぞ! ……でも、結局あいつが何者なのかわからなかったぞ」
「まぁいいじゃないか。きっと、オレ達の未来を心配してくれた、どこかのお節介に違いない」
マサトは遠くの空を見上げながら、小さく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「ああ負けた負けた! でも大満足だ! で、どうだったよ、“オレ達”の絆は?」
『うむ、実に良い戦士だった。我の力を託すのにふさわしい』
「そいつはよかった! ……でも、力を試すだけのつもりが、ついついアツくなってやり過ぎちまったな」
「そうだぞ。さすがに先攻で必殺技まで打つとは思わなかったぞ」
「はは、悪い悪い」
「それに、仮の名だとしてもダイチってのはどうかと思うぞ」
「陸王だから大地、なにも変じゃないだろう」
「安直すぎるぞ……」
「まぁなんにせよ、終わりよければすべてよし、ってやつだ」
『ああ。おかげで彼らの力をより引き出すことができた。彼らが、ジ・エンドルーラー・ドラゴンを滅する一振りの斧となるやもしれん。感謝する』
「いいってことよ。オレらも、あんたには借りがあるからな」
『借りか……我はただ、我らの不始末に決着をつけようとしているにすぎない』
「それでも、“オレらの世界”があんたのおかげで助かったことに変わりはない」
『律儀な男よ……さて、そろそろお主らを“元の世界”に帰すとしよう。後のことはこちらの問題ゆえな』
「よっシェア! どこの時空でも、螺旋の鎖で繋がれた絆は不滅! そうだろ、アギト!」
「マサトの言う通りだぞ!」
「じゃあ、いつものいっとくか!」
「おう!」
「団歌斉唱!」
「「螺旋の鎖は我がキズナ――――」」
終
<文:校條春>