バディファイト外伝 「鏡界戦士 J “ジェムクローン・オリジンマント”」
ピー、ピー、ピー。
ザザーン、ザザーン。
雲一つない青空の下、風を受けて飛ぶカモメたちの声と、海岸に打ち付ける波の音が交じり合う。
特に何かがあるわけでもない防波堤。
そこに、麦わら帽子をかぶり、ただ黙々と釣竿を握る男が一人。
「……」
男は毎日そこに座り、ただひたすらに釣りを続ける。いつしか地元の人たちからも、必ずそこにいる「釣りの人」として有名になっていた。
しかし、男の素性を知る者は誰もいない。
その男がどこからやってきて、何をしているのか。
はたまた、何を「していた」のか。
その日。
そんな男の元に、初めての訪問者がやってきた。
「釣りは、楽しいですかい?」
訪問者は男の後ろに背合わせになるように座ると、ぽつりとつぶやいた。訪問者も笠を深々とかぶっており、その表情は伺い知れない。
「魚は釣れやしたかね? まぁ、釣りってもんは結果よりも過程を楽しむもんだって話も聞きますから、野暮な質問かもしれやせんがね」
男は無言のままだったが、それでも訪問者は気にした様子もなくしゃべり続ける。
「いやね、あっしもひたすらに釣りをやってみたいと思ったことはあるんですが、いざやろうとなると、どうにも知識不足やらがたたって億劫になるといいやすか、なにかを「新しく」やろうとすると、最初の一歩ってのがえらい重くなるもんじゃねぇですか。でも例えば、教え導いてくれる人がいれば、最初の一歩ってのもだいぶ軽くなると思いやせんか?」
訪問者はここで一息置くと、ゆっくりと呟いた。
「釣りでも。カードゲームでも。人生でも。ね」
男の肩がピクリと動く。
訪問者は立ち上がると、ここで初めて男の方を向いた。
「あっしに力を貸してくれやせんかね、《J・ジェネシス》の旦那。そして《ジェムクローン》。ヒーローワールドを革新するには、あんたらの力が必要だ」
釣りをしていた男、J・ジェネシスは釣竿を引き上げる。すると、釣竿は見る見るうちに姿を変え、水晶でできたような小型のドラゴンへと変貌した。
「……お前は、何者だ」
ジェネシスは訪問者に振り向くと、静かに言った。
訪問者は深くかぶっていた大きな笠を片手で取り、軽くお辞儀をする。
「あっしの名は《ムクロ》。あんたと同じ、かつて炎で闇を焼かれたダークヒーローであり、《革命者ゼータ》の旧友でもありやす」
「……っ!?」
◇ ◇ ◇
J・ジェネシス。
彼はかつて、モンスター研究の第一人者として知られていた。
さらには、《臥炎キョウヤ》の失脚を契機に、臥炎財閥の総帥にまで上り詰めた男だ。だが、《ゼータ》を筆頭とした数多くのモンスターを研究のための犠牲にし、最強の人造モンスター《ジェムクローン》を兵器として売り捌こうとしていたことが露見して、バディポリスに逮捕された。
それから十数年。
刑務所から出た彼は、己の行く道を見いだせずにいた。何をすればいいかもわからず、何をしたいのかもわからず、心を持ってしまった人造モンスター《ジェムクローン》と共に、無為な生活を送っていた。
そこに現れたのが、ムクロである。
彼は、ジェネシスが研究のために殺し、己の一部として利用した《ゼータ》の友人だったと語った。
「ゼータの旦那は、昔から言葉も行動も過激でしたが、それでも一本芯の通ったダークヒーローでした。旦那が目指したのは、『強き者が弱き者を助ける』という、ヒーローワールドの思想、そのものの革命。『弱き者を助ける』のではなく、『弱き者をなくす』という極端すぎる考えでした。まぁ、あっしも若い頃は、功を急いでやらかしちまったことがあるんで、ゼータの旦那をあまり笑えないんですがね……それはさておき、無駄な行程を排除する、という意味で、ジェネシスの旦那とゼータの旦那は似ていた。だからこそ、抜け殻となったゼータとシンクロし、変身できたのかもしれやせん」
ムクロの話を聞いたジェネシスは、改めて、自分がやっていたことの残酷さを痛感した。ジェネシスが犠牲にしたモンスター達には、当然、それぞれの志があり、『心』があった。ジェネシスはそれを踏みにじったのだ。
ゼータはいったい何を考え、何を思っていたのか。
当時は気にも留めなかったことが、今のジェネシスを苛んでいる。
このように考えるようになったのは。
もしかしたら。
徹底的に無駄を排除し、完璧とまで思えるほどの最高傑作であった人造モンスター《ジェムクローン》を、『心』という無駄と不確定要素の塊によって打ち砕かれたことで、絶対であったジェネシスの中の価値観に変化が生じたからかもしれない。
とにかく、今のジェネシスは、自身の過去の行いを悔いていた。時間が経つにつれ、彼の中に芽生えた罪の意識はどんどん肥大化していた。
そんな彼の心を見透かしてか、偶然か、ムクロはジェネシスにある提案をした。
「ゼータの旦那の考え、その全てに賛同はできやせん。ただ、その考えの根幹にある『弱き者が虐げられることを悪とし、それをなくす』ってとこは、共感できると思っていやす。ジェネシスの旦那、そしてジェムクローンの力で、あっしと共にヒーローワールドに新たな革新を起こしやせんか?」
◇ ◇ ◇
「お父さん、かえらないの?」
小さき竜の姿を取ったジェムクローンが、ジェネシスを心配そうにのぞき込む。
「ああ、もう少し、もう少しだけ考えさせてくれ」
すっかり日も暮れて、夜空では満月が光を放っている。
ジェネシスはムクロからの提案を受け、それに即答できなかった。己の過去、現在、未来、その全てを反芻しながら、ただただ防波堤で空を見上げている。
「……ボクはね、お父さん、すきにやっていいとおもうんだ」
普段ほとんど自分の考えを言わないジェムクローンが、この時は誰に訊かれるでもなく、自分の意志で喋り出した。珍しい出来事に、ジェネシスはジェムクローンに視線を移す。
「お父さんは、こわがってるんだ。いちどしっぱいしたから。でもね、ボクは、まえみたいなまっすぐなお父さんがすきだ。だってボクは、そんなお父さんから、うまれたから」
「……間違ってしまった私を、肯定してくれるのか」
「わからないけど、でも、ボクはうまれてきてよかったっておもってるよ。こうしてお父さんといっしょにいることが、うれしいんだ」
「しかし、私は、取り返しのつかないことをした……」
「でも、みらいはかえられるよ」
「……未来?」
「うん! かこはかえられないけど、みらいはかえられるよ!」
「未来は、変えられる、か……」
「それにね、こんどはボクもお父さんをてつだえるよ! ボクはなににでもなれるんだ! そうつくってくれたのは、お父さんだから!」
「ジェムクローン、私は、また歩み出しても、いいのか……?」
「うん!」
「……そうか、そうか……ありがとう」
「ボクも、ありがとう!」
その夜、J・ジェネシスの頬を濡らしたのは、涙だったのか、打ち寄せる波だったのか、その真相は、本人ですらわからない。
◇ ◇ ◇
数か月後。
「ジェネシスの旦那、準備はいいですかい?」
「私を誰だと思っているんだね、ムクロ? 自分の仕事は無駄なく完ぺきにこなして見せよう。ジェムクローンも問題ないな?」
「うん! ボクはだいじょうぶだよ!」
ヒーローワールドのとある研究所。その実験室で、今まさに、新たなヒーローが誕生しようとしていた。
「私たちが生み出す、新たな“ヒーローの在り方”。その名も、《
実験室の上部で見守るムクロも、握った拳に力が入る。
「このシステムがうまく行けば、ミラーワールドとのアクセスポイントを広げて、いついかなる状況でも最適なヒーローを具現化し、『弱き者を助ける』“システム”を構築することができる。頼みましたよ、ジェネシスの旦那、ジェムクローン」
ジェネシスは、マントへと姿を変えたジェムクローンを翻す。
彼と相棒が歩む、新たな夢の第一歩。
過去を背負い、現在を受け入れ、未来を築くための力。
世界に革新をもたらす、
その、ヒーローの名は――――
「刮目して見よ! これが新時代の……いや、新世界の革新的ヒーローだ! 必殺変身! 我が名は、《
終
<文:校條春>